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 第22話 鶏小屋解体


(2)


「私は、あの部屋から持ち出したい『物』はない。だから、
あの部屋はそのまま他の鳥を飼う部屋にしたらいいよ」

「どういうことだ?」

「インコでも文鳥でも、ね」

「む……そういうことか」

「そう。空いた空間を何かで埋めないと、母さんは保たない
でしょ。父さんが仕事に出てる間は一人なんだから」

「そうだな……」

「その新しい暮らしで、母さんが落ち着いたら」

「うん」

「私は、今度は『客』として顔を出します。もうこれきり縁
を切るってことじゃないよ。ちゃんと距離を置きたいってい
うだけ」

「客……は寂しいなあ」

「いえ、そうしないとまた小屋を作られちゃうから」

「……そうだな」

「先生」

突然話を振られて、先生がのけぞった。

「な、なに?」

「さっきのルームシェアの話も同じです。私は先生のところ
に巣を作るつもりはない。先生もそれは嫌でしょ?」

「う……確かに」

「実際、私が先生と同居しても、顔を合わせる時間なんか、
ほんの少ししかありませんよ」

「……どして?」

「私は昼はレンタルショップの店員。夜は大学の夜間部に通
うつもりです」

「あ!」

「今は真っ白の履歴書を少しでも字で埋められるようにしな
いと、楽しいことを探す余裕が出来ない。やれることには、
なんでもトライするしかないんです」

植田さんが、苦笑混じりに質問してくる。

「高卒認定は?」

「去年通りました」

「そうか……大学はもう決めてるの?」

「一応。D大の商学部を目標にしてます」

「夜間というと……二部だろ?」

「そうです」

「そうか。僕は、がんばれとしか言いようがない」

「もちろん、がんばります。だからこそ、かてきょが出来る
先生との同居はありがたいんですよ」

今度は、先生が苦笑。

「わたしは旬が過ぎちゃったから、出来るかなあ……」

「先生の教え方は、すごく丁寧で分かりやすいんです」

「そう?」

「そうです。今は、それを活かせてないなあって感じ」

「……」

「ねえ、先生」

「うん?」

「私は、先生に対してはネタを振りません。私が欲しいもの
は全部外にある。店員としても学生としても、ね」

「……」

「これからは、先生から無理にネタをもらわなくても満足出
来るんです。それなら、先生が外で仕込んできたものを持っ
て来て、私に振らないと」

「う」

「同居しててもお互いにずっとだんまり。かえって寂しくな
りますよ?」

「……」

じっと俯いていた先生が、小さく頷いた。

「うん……そうだね」

「私には性がありませんから、先生がそれを意識しなくて済
むでしょう? 遠慮なく練習台にしてください。同居のお礼
に付き合いますから。私で物足りなくなったら、もっとリア
ルなパートナーを探してください」

「ううう……どっちがオトナなんだか分かんない」

先生が、しおしおと肩を落とした。

「せんせー、それは違います」

「え?」

「私には、父の、植田さんの口調が染み付いちゃったんです。
それだけですよ。中身は、まだすっかすか」

「あ……」

「それを必死に埋めて行かないと、結局どこにも居場所がな
くなる」

「うん」

「埋める努力をするかどうかだけですよ」

「そうだね」

先生が、ゆっくり席を立った。

「同居先どうするか、後で決めよう?」

「はい。連絡ください」

「今日は?」

「カプセルホテルかどこかに泊まります」

「家には?」

「帰りません」

「うん。分かった」

家との決別を先生にくっきり見せておかないと、ずるずる引
き延ばされるかもしれないからね。
十二人の諭吉は、有効に使おう。

先生が店を出るのを見遣っていた植田さんが、母を促して席
を立った。

「じゃあ、類くんの部屋は片付けておく。必要なものがあっ
たら言って。後で僕が送るよ」

「お願いします。それと……」

「うん?」

「もう『くん』は付けないでください。自分の子供を『くん』
付けで呼ぶ親は気持ち悪いです」

「ははは。そりゃそうだ」

「カウンセリングもこれで打ち切りです。これからは一切受
け入れません」

「……そうか」

「その代わり、親父の説教は歓迎します」

にっ!
顔をくしゃくしゃにして笑った植田さん……いや父は、私の
肩をがっと抱くと耳元でがなった。

「根性据えて、がんばれえっ!」

「ういーっす!」




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(タマスダレ)





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