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 第20話 フリークス


(2)


「フリークス……か」

「ん? なんや?」

「いや、私は奇形、フリークスですよ。見世物小屋のろくろ
首とか、一つ目小僧とか、そういうのと同じ」

「それは……」

植田さんが抗議しようとしたから、目で制した。

「植田さん。事実は事実なんです。私と同じような人はいな
い。事実としていないんです。いない以上、私は奇形で、そ
ういうものだと思ってる」

「……」

「でも、だからと言って、それを自慢することも苦にするこ
ともありません。だって、こういう体だから出来ないとか、
生活上困るっていうことはほとんど何もないんだもん」

「せやな」

「だから、私がいくらフリークスとして見られても、それが
私を変えることはないんです。これが私だから」

「……」

「でもね」

私は、部屋に残っていた人をゆっくり見回した。

「身体のことはともかく、私は別の意味でとことんフリーク
スだったんだなあって」

「は? どういうことや?」

「まともな会話に発展しない理由。それが何かなあって、
ずっと考えてたんです」

「……」

「話を合わせることは出来る。経験がないから私が何も知ら
ないってわけじゃなくて、会話を組み立てるのに必要な知識
は持ってる。それなのに、スムーズな会話にならない」

「うーん……」

店長が、顔をしかめて腕組みした。

「ねえ、店長。私が大笑いしたり、ものすごく怒っていたり、
泣いたり……そういうのを見たことがあります?」

「あ、そういやないなあ」

「それは、植田さんや母さんもそうでしょ?」

「……」

植田さんが、ゆっくり頷いた。

「柳谷さんに馬鹿にされた時も、ものっすごく嫌だったし、
怒ってましたよ。でも、そういうのが私の表情に出てました
か?」

「つらっとしやがって! だからアタマに来たんだ!」

やっぱりか……。

「私は、感情が出ないんですよ。出さないんじゃない、出せ
る感情がすごく薄い」

「あ……」

ユウちゃんが、じっと私を見据える。

「それで……」

「話してて、穏やかでなんでも聞いてくれるって、そんな風
に感じたでしょ?」

「うん!」

「必ずしもそうじゃないんだよね」

ふう……。

「鶏小屋に閉じ込められてて、自分の意思の出し方を工夫し
ないとならなかったのは確かなの。でも、私の感情が薄いの
は、それだけが原因じゃなかった。それが分かったんです」

「どういうことや?」

「私には性がありません。当然、普通は誰もが意識する異性
への関心がない。そこが出発点になるはずの好き嫌いが、一
切ありません。欠けてるんです。そこが……とんでもなく奇
形なんですよ」

「!!」

一番驚いていたのが植田さんという時点で、私はがっかりす
る。私との付き合いは長いんだから、それを私より先に見抜
いて欲しかったな。
そうしたら、植田さんはもっと別の処方箋を書いただろう。

患者が私と母の二人になってしまった時点で、植田さんは感
情の揺れが小さい私を見て安心し、後回しにしてしまったん
だろう。

母の精神を安定させるために、私の独立を出来るだけ遅らせ
る。そういう基本方針を立ててしまって、最後まで動かさな
かったってこと。

「はあ……」

ずっと立ちっぱなしだったから、少し疲れてきた。
私は事務室を横切って、店長の横の空いていたパイプ椅子に
腰を下ろした。

「私の好き嫌いというのは、甘いのが好き、苦いのが嫌いと
いう生理的なレベル止まり。他者への強い執着や関心から来
る好き嫌いがないんです」

「誰それが好きという感情がなければ、その対極にある誰そ
れが嫌いっていう感情も生まれません。だから感情の両端が
ぺろんと丸まってしまって、私の印象がぼやあっとした感じ
になっちゃう」

「とんでもなく奇形なんですよ。心が、ね」

ふうっ。息を足元に吐き捨てる。
 
「感情だけじゃない。愛情とか憎悪っていうのも、異性への
意識から自然に出てくるものでしょう。親子や友人のは違う?
そんなことないですよ。それだって、ちゃんと性と結びつい
てる」

「なんでや?」

「心の通い合いを確かめるための仕草や言葉が、どこかで性
に結びついているからです。歌も、文学も、マンガや映画
も……なんでもね」

ぱちっ! トムが指を鳴らした。

「分かる!」

「でしょ? だからあの時に言ったの。美少女もののマンガ
やアニメに対する興味は何もおかしくないって」

「……ああ」

「ユウちゃんも、歌がみいんな数学の教科書みたいな歌詞
だったら、そんなの歌いたくないでしょ?」

ばたばたと手を振ったユウちゃんが、思い切り否定した。

「絶対にむりぃ!」

「だよね? 歌やマンガの中の人物とか感情にシンクロ出来
るから、それが好きになる。それが当たり前だと思う」

「うん」

「で、私にはそういう興味や意識がない」

「……」

「だから、会話のネタがすぐに品切れになるの。だって心を
寄せられる好きなものがないのに、相手の好きなことには
突っ込めないでしょ? 私はそれを『理解する』ことしか出
来ない。相手の話になかなか心が動かない」

植田さんに目を向ける。

「会話が上滑りするって相談した時に、植田さんがアドバイ
スしてくれたじゃないですか。私は距離を調整するところだ
けで会話をこなしてしまってる。心を強く揺らす出来事がな
いとうまく行かないって」

「……ああ」

「その通りだったんですよ。だから、私の馴化に必要なのは
社会性の強化なんかじゃない。性がない私なりに『好きなも
の』を見つけることなんです。ここに来て、それが分かった
んです」

「それでプログラムの手直し……か」

「そうです。そして好きなものは、鶏小屋の中では絶対に見
つからない。そこで得られるのはしょせんバーチャルなも
の、架空のものでしかないから」

「私は、過剰な束縛が嫌で出たいってことだけじゃないんで
すよ。あそこにいたら、私は身も心も完全にフリークスに
なってしまう。しかも、フリークスである自分を嫌悪するよ
うになるでしょう」

「そんなのはまっぴらです!」

私は、植田さんに向かって指を突き出した。

「他の人に、おまえはフリークスだと言われるのは構いませ
ん。事実そうなんだから。でも、自分で自分のことをフリー
クスだから仕方ないなんて、絶対に思いたくないんです!」

「……」

「私は。小賀野類は私一人しかいません。それがどういう性
であるかは、私には関係がない。だから私は『僕』や『俺』
という言い方をしない。したくないんです。それは私を
『男』という鶏小屋に押し込める行為なんです」

メリーは帰っちゃったけど。そういうことなの。

「性がないなりの私のあり方を考えるなら。私は何か好きな
こと、突っ込めることを探さないとならない。それが、私に
必要な次のプログラムです。それをどうこなすかは、私に生
涯付いて回る宿題でしょう。それなら私は、その宿題を楽し
むしかない」

「違いますか?」




w21
(セイロンライティア)





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