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 第19話 会話不成立


(1)


「いいですか? 私は……二度と鶏小屋に戻るつもりはあり
ません。それなら、レンタルした人たちがふっかける無理難
題くらいは自力で押し返さないとならない」

指を突き出し、それでお客さん一人一人を指し示していく。

「普通の登録者は海千山千。客扱いに馴れていて、お客さん
を手玉に取れる猛者ばかりなんでしょう。彼らは、お客さん
のリクエストをどこまで満たすかを計算出来る」

「せやな」

「ですよね? でも、私にはそんな余裕はまるっきりありま
せん。理不尽な要求をただ跳ね返すしか能がないんです。私
をレンタルした人が、それで満足するはずないですよ。あい
つは全然役に立たん、金返せってことになる。だから、みな
さんはここにいらしてるんですよね?」

し……ん。

「でもね、今のままなら何回会っても同じ。私は同じ反応し
か出来ません。強気で一方的に押しまくるだけの柳谷さん、
瀬崎さん、メリー、ジェニーの要求は断固拒否」

「私を自分より低いところに置いて安心しようとするトムや
先生には、そんな思惑には付き合えないよと言わざるを得ま
せん。だって、あなたがそうされたら我慢出来ますか?」

トムも先生も、ひっそりと俯いた。

「事実として、オーダーをきちんとこなせない私はお客さん
を満足させられません。レンタル品としては出来損ないもい
いとこです」

「それでも、こういうのは駆け引きだと店長に伺ってます。
カネ払った分、俺を完璧に満足させろって威張るのは無粋な
んでしょう」

「レンタル品を上手に使えるかどうかは、貸し出された私の
資質じゃなく、借り出したお客さんのテクニック次第。さっ
き言ったように、私はあなたたちの奴隷じゃないので要求全
部は満たせませんよ」

「せやな。その通りや。借りたのが合わへんのなら、他のを
借りればええ。それだけやからな」

店長が同意してくれて、ほっとする。

「もちろん、そんなことはお客さんたちも分かってるでしょ
う。またここに来たのは、満足出来なかったからカネ返せ
じゃない。私へのアプローチをやり直して、今度こそ元を取
りたい。そういうことじゃないですか?」

私の投げかけへの反応は様々だったけど、強い反発や否定の
声は出なかった。
よし。続行だ。

「私がレンタル品としてプロを目指すなら、それをまたさば
かないとならないんでしょうね。でもさっき言ったように、
私がここに登録した目的は会話を通して世間というものに馴
れること。そしてここにいる限り、私の目的は達成出来ない
と分かった。だから、止めることにしたんですよ」

「どういう意味よ?」

メリーが不機嫌そうに突っ込んでくる。

「さっき言ったじゃないですか。誰との間にも会話が成立し
ていないって」

「は?」

「会話っていうのは、一方通行じゃ成立しないんです。今
だってそうですよ。私の事情をずっと話していますけど、そ
れに対するみなさんの積極的なリアクションがほとんどない
んです。私は、看板やお地蔵様に話しているのとほとんど変
わりません」

私をレンタルした六人の客。
それぞれの目を、しっかり見据える。

「いいですか? 柳谷さんとの会話は、私が拒絶しました。
人を人とも思わない態度を押し付けられて、したくもない会
話を無理強いされる筋合いはありません。警察の取り調べ
じゃあるまいし」

おじいさんが怒りで真っ赤に茹だっているけど、そんなの私
の知ったこっちゃない。

「メリーさんとの会話は、成立しているように見えました。
でもメリーさんは、私があっちの要求に応えられないと分
かった時点で私への興味を無くした。その後はただの暇潰し
でしょう? 交わしたのは、中身のない会話もどきでしたよ
ね?」

「ふん?」

「メリーさん。あの時私と何を話したのか、覚えていないで
しょ?」

「そうだね」

「私も覚えていません」

「……」

さっき私が無性であることを示した時点で、メリーはもう私
への興味を完全に無くしただろう。今メリーが事務室に残っ
ているのは、単なる野次馬としてだと思う。

「トムとの時は、最初トムが私の、その後は私がトムの、ネ
タの聞き出し役になりました。それは一方向の情報発信で、
会話なんかじゃない」

「……」

「少しだけ双方向に、会話っぽくなったのは、私がずっと不
登校だったとトムが知ってからです。強い劣等感に捉われて
いるトムは、学校に行けていた分私よりましだと感じた。私
より上にいると思えた。だから、そこからは少しだけ積極的
になった」

「でもね、惨めさ比べをしても、まし比べをしても、何も残
んない。そんな会話はしたくないし、実際にまともな会話に
はなっていなかったと思います」

「……ああ」

しょげきったトムが、俯いたままで私の指摘を認めた。

「瀬崎さんは、私を騙すことしか考えていません。自分の素
性や魂胆を探り出されることをものすごく警戒していますか
ら、頭の中にあるシナリオを棒読みしてるだけ」

「最初から、私と話をするつもりなんかないんです。私に関
心がないことなんて、私でなくてもすぐに分かりますよ。も
ちろん、私は瀬崎さんのちゃちな誘導になんか引っかかりま
せん」

「けっ!」

おばさんは、私に正体を暴露されても平然としていた。

ここにいる人たちは、誰も自分の正体を明かしていない。
直接の利害関係が発生しない限り、互いに関わり合いたくな
いはず。それなら、開き直って徹底的にシラを切ればいい。
おばさんはそう考えているんだろう。そして、それは正しい
判断だと思う。

でも……。このおばさんは、詐欺師としてはあまりにお粗末
で、へたくそだ。
人を騙してカネを掠めとることが目的というより、ホストや
レンタル彼氏に騙された恨みみたいなものが元になってるの
かもね。私は、そこに突っ込むつもりはないけどさ。

「騙すという意味ではジェニーもそうでしたね。ユウちゃん
を私に犯させるさせることを企んでいたジェニーは、私と会
話するつもりなんか最初からありません。そこでぼろが出た
ら、計画がおじゃんですから」

「……」

真っ青な顔で、ジェニーが俯いてる。
それを、ユウちゃんの兄貴がものすごい形相で睨んでる。
ジェニーをぼこったのは……ユウちゃんの兄貴だろうなあ。

私を嵌めて金を巻き上げるのが目的じゃなく、私にユウちゃ
んを傷付けさせることが本当の目的。その隠していた企みを
シスコンの兄貴が知ったら、ただじゃ済まないだろう。
兄貴にそれをタレ込んだのは……きっと店長のスジだと思う。

でも、ジェニーの気持ちも分からないではない。カレシが妹
の心配しかしないっていうのは……ねえ。ジェニーが嫉妬す
るのは当たり前だと思う。なんだかなあ。

「でもね。偶然なんですけど、ユウちゃんとの間にちょっと
だけ会話の芽が出来た。ユウちゃんが今いる世界、学校の世
界は、私にとっては憧れです。私はもうそれを実体験するこ
とは出来ませんけど、自分の想像や憧れとユウちゃんの話を
重ねられるんです」

私は、ユウちゃんにちょっとだけ笑顔を見せた。

「お世辞抜きに楽しかったよ」

「うん!」

「でもね、それはあくまでも芽だけ。会話には発展しませ
ん。だって、私はユウちゃんの今いる学校の世界を体験し
ていない。話してくれたことに対して、私の持ってる何も
返せない。聞き役しか出来ないんです」

「あ……」

ユウちゃんが、顔を歪めた。

「そして、先生。先生は、私の事情を全部知っています。つ
まり私から会話のネタを引き出す鍵を、六人のお客さんの中
で唯一持ってるんですよ」

「……」

「でも、先生は自分の話しかするつもりがなかった。もし私
が聞き役に徹していたら、しょうもない愚痴をだらだら垂れ
流し続けたでしょう? それで会話が成立しますか?」

「う……」

論外だよ。