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 第9話 四番目の客


(3)


私の変わらない態度に焦れたように、瀬崎さんは私の外堀を
埋める努力を切り上げて、いきなり核心の事案を切り出して
きた。

そしてそれは……私にとっては予想外の内容だった。

「でね」

「はい?」

話しかけていた話題の腰を突然折って、持っていたバッグか
ら瀬崎さんが何かひらっと書類を引っ張り出した。

「わたしね、今のところを出たいの。一人暮らしには広すぎ
るし、管理費や共益費の負担も年寄りには高い。そこを売っ
て、一回りコンパクトなところに住み替えたいの」

「そうなんですか」

「でもね、わたしはもう年金暮らしで、それしか収入がない
し、不動産の売買や銀行からの資金借り入れで、保証人に
なってくれる人が見つからないの」

すうっとその書類が私の前に差し出された。

「ねえ、ルイ。わたしを助けてくれる?」

そういうことだったのか。
私は思わず苦笑した。

「あの、瀬崎さん」

「はい?」

「私が、そんなに世間知らずのど阿呆に見えました?」

「……」

「確かに、あまり好ましくない商売に従事してるのかもしれ
ませんけど、それでも私は一応レンタル屋の貸し出し品なん
ですよ」

「ええ」

「レンタル品は返却されないとなりません」

「そうね」

「そしてね。借り出すお客さんはレンタル品に傷を付けては
いけない。そういう取り決めになってるはずです」

私はシャツの胸ポケットに畳んで入れてあった規約一覧を広
げて、瀬崎さんの書類の上に重ねた。

「それを熟読してください」

「……」

「もし、私が瀬崎さんの手助けをすることで金銭的なトラブ
ルに巻き込まれたら、私だけでなくレンタルショップにも被
害が飛び火しかねません。もちろん私の家族にも、です」

「……」

「申し訳ありませんが、その手のお手伝いは一切出来かねま
す」

私の明確なノーの返事を聞いた途端。それまでの取り澄まし
た瀬崎さんの仮面は、一瞬で全て取っ払われた。

「けっ! クソ生意気なガキが!」

ああ……なんだ。この人も、柳谷さんと同じか。最初から分
かってたおじいさんの方がまだましだったな。

げんなりする。

「まあ、残りの一時間、あなたの悪口を聞き倒すことになっ
ても仕方ないです。でもね」

私は、財布からドーナツとコーヒーの代金の分の現金を出し
て、ショップの規約書の上に乗せた。

「あなたが私を騙そうとしたことは、明らかな詐欺行為で
す。さっきの紙は不動産売買に関わる書類じゃなく、ほとん
ど白紙の委任状。あなたが欲しいのは私の実名と印鑑が押さ
れた書類でしょ? それをどう偽造して何に使うか知りませ
んけど、手が後ろに回りますよ?」

さっと顔色を変えた瀬崎さんは、慌てて席を立って逃げ出そ
うとした。

「ああ、ごちそうさまでした。代金はいいんですか?」

「とっととくたばりやがれっ!」

穏やかなおばあさんから因業ばばあに変身した瀬崎さんは、
顔を真っ赤にしてそう怒鳴り散らすと、走り去った。

名前は明らかに偽名。だって、バッグのネームタグに付いて
たアルファベットはMとGだもん。
瀬崎裕子じゃまるっきりあてはまんない。

声の張りや動きの素早さから見て、おばあさんというのも怪
しい。まだおばさんの年齢なのかもね。老けメイクでもして
たのかなあ。

まあ、もともとレンタルで派遣される先のお客さんとは、リ
アルでの接点を持ちようがない。
瀬崎さんの嘘を、不誠実だと言って一方的に非難することは
出来ないんだ。
だからって、まんまと悪用されるのはごめんだけどね。

私は、残っていたドーナツとコーヒーをゆっくりお腹に押し
込んでから、瀬崎さんが回収仕損なったうさんくさい書類を
畳んで胸ポケットに収めた。

「中里さんに報告しとかないとね」


           −=*=−


「どうやった?」

「あのおばあさん。詐欺師ですね」

「え?」

胸ポケットに畳んで入れておいた、おばさんが出した紙片。
それをガラステーブルの上に広げて、中里さんに見せた。

「……」

見る見る、中里さんの表情が険しくなった。

「わいの勘が当たったいうことやな。やっぱりとんだ食わせ
もんや」

「でも、そんなに腕がいい感じじゃなかったんですけど。あ
れじゃあ、誰も引っかからないような……」

私がそう言うと、中里さんが苦笑いしながらぱたぱた手を
振った。

「ちゃうがな。そらあ、あの女があんたを読めへんかったか
らや」

「読めなかった……ですか?」

「そうや。あいつ、プロフ画見て、こいつなら騙せる思たん
やろ。泣き落としで行けるゆうて」

「……」

「せやけど、実際のあんたからは情の部分がよう見えへんね
ん。のほんとして、何考えてるかよう分からん。切り込む口
が見つからへんね」

「それで……」

「そう。騙しの流れが最後まで掴めへんかった。あのばあさ
んは、あんたを騙すつもりやったのに、逆にあんたに一杯食
わされたんや」

げー……。

「まあ、せやけど。冗談抜きに引っかからんでよかったわ。
連帯保証人の署名捺印なんかさせられたもんなら、よくて夜
逃げや。ヤの字に流れてえげつないことに使われたら、一族
崩壊やで」

ぞーっ!

「ブラックリストに乗せとく。他のメンバーにも、絶対に相
手にすな言うとかんと」

「そうですね」

「みんながみんな、ルイみたいにうまくさばけるとは限らへ
んからな」

「ううう。うなされそう」

「まあ客筋から言うて、ああいうのがどうしても混じる。そ
らあしゃあないわ。そのリスクだけはゼロに出来ひん」

「ええ」

「これからもな」




w12
(クロガネモチ)





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