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 第7話 三番目の客


(1)


いきなり訳ありもいいとこのババを連続で引いてしまった私
だけど、中里さんに言わせればそんなものらしい。

クオリティの高いパートタイムパートナーを供給するには、
相応しい面子を集めるより先に客層を絞り込まないとならな
いし、それを可能にするためには経営者が人材派遣の現場に
精通している必要がある。

運営戦略をきちんと定めるだけでなく、店長に人を見極める
十分な経験とノウハウが要るってこと。

だけど片手間でやる副業のような形では、メンバーと客筋の
どちらも妥協しないと回らない。どうしてもぐさぐさな部分
が混じってしまう。

まあ、私が遭遇したくらいのタマではまだダメ客と呼べない
そうだ。
それはメンバーの技量で被害回避出来るから、ということら
しい。

そういう意味では、私本来の目的はともかく『人をさばく』
訓練と考えた場合、無難にさばけたということなんだろう。
結果オーライだけどね。

さすがに三日連続はないだろうと踏んでたけど、その通り三
日目は平穏だった。

出歩いた二日と違い、三日目は一日中家にずっとこもってい
たから、そんな私を見て母も少し落ち着いたようだ。
まあ……それはたまたまなんだけどね。
三日目にコールがかかっていたら、私はまた出かけただろう
から。

机の上に広げた参考書と問題集。
それとは別に、二枚増えた諭吉さんを並べて、その使い途を
考える。
もちろん今すぐに使わなければならない事情も、それを使っ
て購入したいものがあるわけでもない。

でも、いずれ自分とお金との関係をどう整備するかまじめに
考えないとならないし、その前提条件の部分でとてつもなく
大きなハンデを背負っているってことを自覚しないとならな
い。

正直、とても面倒臭いと感じるんだけど、私が鶏小屋を脱出
するためには、どうしても避けて通れないんだ。
霞を食って生きるわけにはいかないから。

それと……。

腕組みをして、四人の諭吉さんを睨みつける。

中里さんのところに登録してから、中里さん、おじいさん、
メリーという三人と会話をかわしてるけど……。
どうしても、私にはどこか違和感が残る。

ものすごく不自然な会話ではなかったと思うんだけど、どこ
か違う。しっくり来ない。
それがなぜかがぴんと来ないところに、私の大きな欠陥が隠
れているんじゃないかなあと……そう思ってしまう。

つまり、おじいさんやメリーが異常だったから会話が弾まな
かったんじゃなくて、私の方に話が腰折れする原因があった
んじゃないかなあと……。
でも極端と極端を並べて、そのどっちがどっちという話をし
てもしょうがないんだろう。

次の機会があれば、その時に考えればいいか。


           −=*=−


登録して、四日目。

うっとうしい雨が降り続く中、起き抜けの私を携帯のコール
が襲った。

「ふぁい」

「ルイか?」

「あれ? こんな早くに指名ですか?」

「せや。若い男」

「……」

当然、がっつり警戒する。

リスクはぎりぎりまで減らしたい。
身の危険を感じてまで会話に固執するつもりはない。

「常連……ですか?」

「いや、初めての客やな。あんたによく似た細っこいあん
ちゃんや」

「はあ……でも、なんで私なんでしょう? 普通、女の子の
方に行くんじゃないですか?」

「せやな。うちは姉ちゃんの登録はうんと少ない。ほとんど
若い男ばっかや。あのじいさんを除けば、オトコのアクセス
は珍しいわ」

「そっち系……ですか?」

「分からん。わいの勘では、ちゃうと思うんやけど」

「じゃあ、なんで?」

「ルイが警戒するのは当然や。わいが立ち会うさかい、事務
所で確かめてみんか?」

ああ、それなら安心出来る。必ず引き受けろっていう話じゃ
ないってことだ。

「分かりました。相手の人がどんな感じか確認して、それか
らの返事でいいんですね?」

「ああ、そうしてくれると助かるわ。前も言うたけど、わい
がルイの先手打って断るのは、スジとしてあかんねん」

「そうですね。じゃあ、これから行きます」

「悪いな。頼む」

ぴ。

「うーん……」

あっち系が絡んでいないといいんだけどな。
身体への被害はなくても、話を受け流すだけでもどっと疲れ
たから。
まあ、とりあえず行くだけ行ってみよう。


           −=*=−


「おはようございます」

まだそう言える時間に事務所に着いた。

「お、来たか」

中里さんが、事務机の前で顎をしゃくった。
その顎が指し示したソファーに、これまた生気のない幽霊の
ような若い男がひっそりと座っていた。

丸っこい顔だけど青白く、体格は私並みに貧弱。背も私より
低い。そして、何より表情がすっごく暗い。

うーん……確かに中里さんが言うように、とてもあっち系の
展開に繋がるような雰囲気はない。
メリーに押し潰され、中身を全部吸い取られて、残りカスに
なっちゃったみたいな感じだ。
どこかで豹変する可能性もあるんだろうけど……そういう気
配のかけらすら見出せない。

「お客はん。こいつがルイや」

中里さんの声かけに、男が顔を上げないまま目だけきょろっ
と上げた。

うわ……ほとんど死人の目じゃないか。
いや、私は死人の目っていうのを見たことないけどさ。

「初めまして。ルイです。あなたは?」

一応、反応を見よう。

しばらく黙っていた男は、私と中里さんの表情に微妙に苛立
ちが混じったのを感じ取ったんだろう。
慌ててぼそぼそと答えた。

「え……と。トム……です」

「はいはい。トムさんね。ご要望は?」

おじいさんやメリーの時、相手の目的は中里さんから聞いて
たから、私が備えれば良かった。
でも、目の前の男は初めての客。誰も情報を持っていない。
私は単に相手のリクエストを聞くということだけじゃなく、
その魂胆を見抜いて備えないとならない。

「……」

また、だんまり……か。
前の二人が、どこまでも出しゃばってくるタイプだっただけ
に、こっちからネタを振らない限り会話にならなそうってい
うのは初めてだ。

「……あの」

お? 口が開いた。

「僕と……話してくれないかなあと思って」

ものすごーく、小さな声でぼそぼそと。

うーん……そうかあ。
これは、女の子なんか論外。同年代の男の子にも余されるだ
ろうなあ。
無口で、話し方にキレがなくて、何が言いたいのかが態度込
みでもはっきりしない。
テンポの早い会話には、まるっきり付いていけそうにない。

いわゆる、友達がいないぼっち、なんだろう。
でも、自分ではそれでいいと全然思ってない。
誰とも接点がないまま社会に出たら、間違いなく自分の居場
所がなくなる。その恐怖心で、出会いを探してる。

誰かと話したい。誰か相手をして欲しい。そういう一番原始
的な欲求。そんな風に見える。

うーん……。どうしょう? 正直に言うしかないよなあ。

「それは構わないんですけど、私はあまり話のネタを持って
ないので、最悪二人してだんまり二時間ってことも……」

「いや……それでも……いいです」

うわ……相当キてそうだなあ。まあ、いいか。本当に黙って
ばかりでない限り、訓練にはなるだろう。

「分かりました。じゃあ、場所を移しましょう。中里さん、
引き受けます」

「ほうか。頼むわ。じゃあ、あんちゃんは、費用前払いで頼
むな」

トムは、どう見ても金持ちという感じではなかった。四万と
いうお金は、彼には大金なんだろう。祈るように諭吉さんを
ガラステーブルに並べた。
中里さんは、それをひったくるようにして保管庫に入れ、さ
さっと領収書を渡した。

私は、そのお金のやり取りを見ながら少しばかり考える。お
客さんを扱い慣れてる登録者なら、二時間一方的にしゃべり
倒してさっさとさよならだろうなあ。トムもそれが分かって
るから、一番地味な私にアクセスしてきたんだろう。

「じゃあ、ルイ。頼むわ」

「はい。トムさん。行き先はお任せします。私はこの辺りの
地理に疎いので」

「あ……そうなんですか。マックとかでも……」

普通の登録者なら、鼻で笑うだろう。高い金払って、行き先
マックかよって。でも、私にはそういう感覚はない。

「かまいませんよ。トムさんが話しやすいところで」

「……」

これまでずっと怯えるような表情だったトムが、ほんの少し
だけ緊張を緩めた。

「ありがと。じゃあ……」

「行ってきます」





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