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第四章 おかゆの味


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仕事が詰まってて疲れてたと思うんだけど、たみはてきぱき
と買い物をして、僕の衣類を洗ってくれた。

たみが一葉館に来てから、夕食はたみに頼っちゃってるけど、
それ以外の家事は僕が自分でこなしてる。

家に閉じこもってた時も、親は何もしてくれないから、洗濯
や部屋の掃除は自分でしてた。せざるを得なかった。
だから、僕の中では自分でそれをすることに何も違和感がな
い。

もちろん、めんどくさい。
やらないで済むならやりたくない。
でも、バイトで最低限の生活費を稼がなければならなかった
以上、あまりに非常識な格好は出来なかった。

僕自身が清潔にしていたいと思う以前に、雇用主に不潔だ、
だらしないと思われたら雇ってもらえないっていう厳しい現
実があった。
おしゃれなんてどうでも良かったけど、清潔でこざっぱりし
た服装をしてることは必須だったんだ。

でも、洗濯は単純作業。
洗濯物を洗濯機に突っ込んで、洗剤を入れてスイッチを押す。
それだけ。時間も手間もかからない。
そう思うと、どうしてもまめさがなくなる。

溜めといて一気にやろうって。

さっきの食料の備蓄と同じで、何かあったらすぐに着るもの
が途絶するっていう危機感が全然なかった。
心構えが甘過ぎる。

「ふう……」

それが……たみに迷惑かけることになっちゃった。

衣類や寝具も、あまりに最小限。
確かに有り余るほどは要らないけど、もう少し洗い替えを用
意しておかないと、こういう時にどうしようもなくなる。

欲の問題じゃない。
生きる上で最小限のことにすら、自分のアタマをきちんと使っ
てない。生き方がとんでもなく刹那的なままだ。

「ああ、そうだったな……」

僕は、ふと思い返した。

ここに来たばかりの頃、園部さんのぐだぐだを見て、僕も園
部さんと同じ猫だと思ったんだ。
生きていくための最低限のエサさえ確保出来れば、あとは眠っ
て過ごしたい。面倒なことは何もしたくない……って。

園部さんはオトコに媚びを売ること、僕は自分の維持管理の
コストを最小にすることで、猫でいられると思ってたんだ。

違う。

園部さんは、いずれ媚びを売れなくなる。
僕はすでに最小限で、これ以上どこも削れない。
どっちも、もう猫でなんかいられなかったんだ。

横手さんは、それをよーく見抜いてた。
未成年の園部さんには家事一式をぎっちり仕込んで、自分の
始末を自力で出来るようにしろってせっついてる。
でも僕には……どやしだけだ。

あんたはただ怠けてるだけ。世の中を甘く見てるだけ。自分
の不始末くらい、自分でなんとかしなよ。
助力や助言があることを前提にするんじゃない。
まず、自力で何が出来るかを考えて、ちゃんと不慮の事態に
備えなよ。

行動の前にしっかり考えろ。計画をきちんと立てろ。
横手さんのその厳しい姿勢は、今に至るまで何一つ変わって
ない。僕が、それをスルーしちゃってただけ。

警句を聞き流してたツケが……こういう時にどっと回ってく
る。

だめだ……。
僕はまだひ弱過ぎる。
これじゃあ、ただ生き延びることすらまともに出来そうにな
い。

どっと。落ち込んでしまった。

ばたん。
ドアが開いて、たみがひょいと顔を出した。

「ご飯、食べられそう?」

「食べなきゃ。薬が飲めない」

「分かった。おかゆなら行ける?」

「うん」

「こっちに運ぶから、ちょっと待ってて」

「ありがと。助かる」

たみが引っ込んだ後、僕はなんとかベッドから滑り落ちて、
座卓の前まで這っていった。
もう人間でも猫でもごきぶりでもないね。

……なめくじだ。とほほ。



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炊きたてのおかゆ。
レトルトのをあっためたんじゃなくて、ちゃんとお米から炊
いてくれたみたい。

でも、まだ熱過ぎて口に入れられない。
僕はお預けを食らったまま、じっと目の前のおかゆを見つめ
ていた。

たみはその間、僕の寝ていたベッドの寝具を総取っかえして
た。

「たみ、大物は洗濯機で洗えないでしょ。大丈夫?」

「これからコインランドリーに行くから。横手さんに、乾燥
機で生乾きまで持っていけば、さっと乾くよって教えてもらっ
た」

「あ……そうか」

「わたしの部屋はエアコンの除湿機能が使えるから、衣類は
わたしの部屋で乾かす。大物はこっちに下げさせて」

「うん」

部屋二つは不経済かなと思ったけど、こういう時には意味が
出てくるってことかあ。なんか、不思議。

「もうちょっと……衣類や寝具を増やさないとなあ」

「言いにくかったけどさ。トシってば、もの少な過ぎ」

「うん……」

「贅沢にしろって言わないけど、もうちょい整えとかないと
さー」

「さっき、小野さんにも言われた。ちゃんと備蓄しろって」

「うん」

「がっつり……身にしみたわ」

「トシの体調が戻ったら、少し買い増ししよ?」

「うん。そうする」

作業の手を止めたたみが、壁のコルクボードの前に立った。
僕が入居した時に、そこに貼られていた子供時代のたみのス
ナップは、もうこの世には残っていない。

その代わり、お花見に行った時に僕が撮った、走り回るたみ
のスナップがいっぱい貼ってある。

「ふふ……」

それを懐かしそうに指でなぞっていくたみ。

「ついこの前のことなのに。もう思い出になっちゃうんだね」

「……」

不幸なことだけじゃなく。幸せな思い出も時と一緒に風化し
ていってしまう。
それも……きっと事実。そして僕にとっては悪夢なんだろう。

だからこそ、今をもう少しなんとかしないとならない。

「また作ればいいよ。今だって、きっとそのうち笑い話にな
るさ。夏にインフルになってさーって」

「あははははっ!」

たみがくの字になって笑った。





Through The Rain by Mariah Carey