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第三章 処方箋


(3)


「トシー?」

真っ暗闇の中で僕がぼんやりと考え込んでいたら、扉越しに
たみの声が聞こえた。

「うー」

生返事を返す。

「大丈夫ー?」

「じゃない」

「えっ!?」

僕の返事に驚いたたみが、ばたんと勢いよくドアを開けて突っ
込んで来ようとしたから、手を上げて止める。

「すとっぷ」

「え?」

「インフルだったの。まだ熱が39度台」

「ぎょえええええっ!?」

のけぞって驚くたみ。
元気なら、僕もそういうリアクションをしたい。でも、今は
無理。

「感染るから近寄らないでね。たみまでインフルにやられた
ら死活問題だから」

「う……」

「ごめん。灯り点けて」

「あ、うん」

ぱち。
壁のスイッチが押されて、部屋に灯りが点いた。
それは、まるで消えかけていた僕の命を再点灯するかのよう。

心底……ほっとする。

「たみ、頼みがある」

「な、なに?」

「まとめて洗濯しようと思って、下着とかシーツとか洗い物
ためちゃってたんだ。替えがない」

「あ! そりゃあ大変。すぐ買いに行ってくる」

「ごめんね」

「いや、早く治さないと」

「うん。薬はもらったから、出来れば今日明日で目処つけた
い」

「大丈夫……なの?」

「分かんないけど。藤野さんのとこには、少なくとも明日ま
では休むって連絡済み」

「そりゃそうよ。会社の人にうつすわけにいかないでしょ」

「うん」

「分かった! 晩ご飯少し遅くなるけど、我慢出来る?」

「大丈夫。スポーツ飲料も少し欲しい」

「おっけー。ちゃんと寝てるんだよ」

「ごめんね」

「いいって」

さっと、たみが部屋を出て行った。
ああ……本当にほっとする。

今日はいっぱい悪夢を見たけど、それは現実とイコールでど
こにも逃げ場がなかった。救いがなかった。
でも、たみが来てくれて、僕はその顔を見てどこまでも安心
する。

それだけは……悪夢じゃない。
現実であって本当によかったと……思うことだ。

「ふうっ……」



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たみと入れ替わるようにして、小野さんがひょいと顔を出し
てくれた。きっと、横手さんから顛末を聞いたんだろう。

「おう、弓長さん。インフルだって? 時季外れに災難なこっ
たなあ」

「うう。こんなにしんどいなんて、聞いてないです」

「ははは。まあ、今日明日はゆっくり休んだらいい。仕事も
詰まってたんだろ?」

「はい。でも、これからの方が本格的に忙しくなるので」

「だな。製造業は実質休みなしだ。乗り切らねえとな」

「そうですね」

「お大事にな」

「ありがとうございます」

「あとで、たみちゃんに差し入れ持たすから、食えるような
ら食っといた方がいい」

「助かります。備蓄が尽きちゃって」

やれやれという風に、小野さんが首を振った。

「仙人じゃないんだからよ。少しは備えとかねえと」

「ほんとにそうですね。身にしみました」

「じゃあな。ゆっくり休めよ」

「はい」

ぱたん。

蛍光灯がついて明るくなった自分の部屋。
僕は、その光の眩しさに目を細めながら、何度も自分に言い
聞かせる。

横手さんも、たみも、小野さんも。
体調が悪くて弱ってる僕を気遣ってくれる。助けてくれる。
でも、それは当たり前なんかじゃない。

僕が要らないって言えばもらえないし、図々しく寄越せって
言ってもくれないだろう。

僕なりにちゃんと出来ることをすること。
僕なりに人との関わり合い方を考えること。
まだまだ出来損ないの処方箋だけど、僕がそれに沿ってちょっ
とだけ自分を手直し出来たから、こうやって欲しいものがも
らえるんだろう。

それは幸運だけでもなければ、必然でもない。
僕が考え、思い直し、トライした分の結果なんだと。

そう考えよう。





Walk In The Rain by Passenger