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第二章 見たくない夢


(3)


僕は……いつの間にか眠っていた。
自分ではずっと目を開けていたつもりだったから、眠かった
から眠ったっていうより意識を失ったんだろう。

まだ猛烈に熱っぽい。
でも、さっきよりは少し楽になった気がする。

少し部屋が薄暗くなってきてたから、日が傾いてきたんだろ
う。でも、たみが帰ってくるまでにはまだ少し時間がありそ
うだ。

誰の声もしない、薄暗い部屋の中で静寂の中に閉じ込められ
ていると。
普段生きるために動き回っている間には何も考えつかないこ
とが、次々と浮かんできては僕を責め立てる。

その年になっても何一つ物事をまともに考えないで、場当た
りな生き方をただ延々と繰り返してきたのか。この役立たず
のクズめ。

これまで横手さんにも藤野さんにも突き付けられてきた糾弾
と警告。僕は、それを事実として認めるしかなかった。
そして、その事実を認めただけでは僕の生き方を変えること
が出来なかった。

だから僕を駆動しているのは、こうやって無様に転がってい
る間もずっと恐怖だけなんだ。
ああ、このまま見捨てられてしまったらどうしよう?
僕は、それでも生き延びることが出来るんだろうかと。

いっそ、生き続けるという欲すらなくなってしまった方がずっ
と楽じゃないかと思う。
でも、頑固なまでに最後までしがみついている僕の欲は、間
違いなく生存欲だ。

それがしょうもないエゴをごりごりに凝り固めていて、僕を
ものすごく偏屈に、窮屈にしてる。
でも、それがあるから僕はこうしてなんとか生きていられる。

自分の一番醜い部分で自分を生かしていること。
それが……僕にとっての一番辛い悪夢だ。
見たくない……夢だ。

その夢は覚めることはない。
これからもずっと……覚めることは……ない。



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どん! どん!

突然ドアが強く叩かれて、うとうとしていた僕ははっと我に
返った。

全身が痛くて動きたくなかったけど、そういうわけにいかな
い。誰だろう?

這うようにしてベッドから降りて、よろけながらドアの前ま
で辿り着いた。

「はい?」

「横手です。弓長さん、どした?」

「ああ、体調が悪くて……」

僕がドアを開けたら、横手さんがのけぞって驚いたのが見え
た。

「あんた! それ、しゃれになんないよ。汗びっしょりで、
真っ青じゃないの! 熱があるんだろ?」

「怖くて測れないです」

「いい。そのまま横になってなさい。今タクシーを呼ぶから」

大したことない、大丈夫って言いたかったけど、それが言え
ないほど僕は本当にしんどかった。

なんで横手さんが僕の部屋に来たんだろう?
それを考えられないほど、僕の心身のダメージは大きかった
んだ。

さすがに、汗まみれのスウェット姿で車に乗るのは恥ずかし
くて嫌だった。下着を着替えるついでに作業服を着て。そこ
で力尽きて、そのまま床に転がっていた。

ああ……僕の悪夢は終わっていない。まだ続いてる。

木の床のひんやりした感触が気持ちいいなあと思いつつ、僕
の体重を拒んで跳ね返す床の硬さに辟易して。
僕は横手さんがもう一度声を掛けてくれるのをぼんやりと待っ
ていた。

少しして。

それまでずっと静かだった一葉館の周辺が、少し賑やかになっ
た。
僕が嫌いなはずの喧騒が、逆に僕をほっとさせてくれる。

「弓長さん、大丈夫かい?」

ノックなしでドアをばたんと開けた横手さんは、床に転がっ
ていた僕を見て腰を抜かすくらいびっくりしたらしい。

「ちょっと!」

「あ、床が冷たくて気持ちよかったので……」

「おいおい……」

よろっと立ち上がった僕を見て少しだけ安心したのか、すぐ
に段取りを説明してくれた。

「前にぷぅを診てくれた内科の先生に事情を話してある。す
ぐに行こう。保険証は?」

「あります」

僕が、枕元の保険証を作業服のポケットに入れるのを見て、
横手さんが頷いた。

「職があると、こういう時に安心だろ?」

「本当に、そうですね」

「調子が悪い時には、我慢しないでちゃんと医者に診てもら
わんと。治るものも治らんよ?」

「うう、その通りです」

「職場には?」

「朝、出勤して、向こうで熱が上がり始めたので。早退の許
可はもらってます」

「うん。なら大丈夫だね。診断書ももらっとこう。今日で片
付かないかもしれないからね」

横手さんはそれだけ言うと、さっと顔を引っ込めた。

迷惑かけちゃったけど、本当に助かる。
正直、自力で病院まで辿り着ける自信がない。

いつもなら数秒で歩ける距離を、ふらつきながらどうやら歩
き切って、タクシーの後部座席に体を押し込んだ。

「いてててて」

関節が……痛い。
姿勢を保つのが、本当に苦痛だ。

病院かあ。
ものすごく健康的っていうわけじゃないと思うんだけど、僕
には病院に行ったっていう記憶がない。
どんどん不安が募る。

まさか、こんなことになるなんてなあ。はあ……。





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