《ショートショート 0802》


『群集心理』


「オリー。部長に呼ばれてたのか?」

「ああ」

「お小言か?」

「いや、よくやったとさ」

「へえー……あのうるさ型の部長がよくポジティブ評価した
な」

「暇なんだろ。俺たちの稼業は、暇なほどいいんだがな」

「まあな」

退屈そうにディスプレイに目を戻したバズが、何度も欠伸を
噛み潰している。

席に戻った俺は、ディスプレイを流れていく変てこな文字の
羅列を目の端に置いて、考え込んだ。

諜報機関の職員がみんなスパイ映画に出て来るような恰好の
いいエリートだと思っているやつは、相当世間ずれしている。
諜報活動の主流は、今は通信傍受とその解析だ。
それを担う俺らの見かけは、どこぞのIT会社の社員と何も
変わらん。いや、業務もほとんど変わらんか。

情報解析と言っても、それをやるのは人じゃなくコンピュー
ターだ。俺らはそのお守りをしているだけで、高度なスキル
を要求されるってわけでもない。
真面目に仕事をし、守秘義務を厳守する。それだけさ。

だが、それだけだと飽きが来る。
仕事と割り切ってるバズと違って、俺は自分でなくても出来
る仕事をやりたくないんだ。

発信された信号の解析に埋没するより、こういう技術を使っ
て諜報の対象を減らした方が国の方針としては健全なんじゃ
ないかと。俺はそう考えたわけ。

んで、ちょっとしたアイデアを部長に振ってみた。

今、国際的に大きな問題になっているのはテロと独裁国家だ。
テロは厄介だが、テロリストの母集団サイズは限られている。
連中のネットワークを寸断してやりゃあいいから、それほど
のことはない。

それよりも、国家の規模があり、その規模に見合わない阿呆
が為政者の地位にしがみついている独裁国家の方がずっと厄
介なんだ。

いかにいかれぽんちな国であれ、国家の体裁を取っている限
り、テロリストを取り締まるようなわけにはいかない。戦争
なしに外圧だけで体制を変えさせるのは、今や不可能と言っ
ていい。

中から体制転覆を図るのが一番のスジなんだが、独裁国家は
監視が厳しく、要員を送り込めないし、現地にシンパも作れ
ない。だからこそ、理不尽な国が何十年ものさばるんだよ。

そいつらが蛸壺の中で何をしようが勝手だが、俺らがそのと
ばっちりを食ったんじゃたまったもんじゃない。
古くからあって今に至るまで解決していないのが、そういう
問題だったんだ。

俺の提案は大それたもんじゃない。ちょっとしたアイデアに
過ぎない。だが、もしそれがうまく機能すりゃあ、大きな人
損や出費なしに、体制を崩壊させることが出来る。

部長が俺を評価したってことは、そいつがうまく行ったんだ
ろう。



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(クリーピングタイム)



俺のアイデアは、ごくごく単純なものだ。むかーしから謀略
戦に使われてきたもので、新味は何もない。その手段が今風
になっただけだ。

特定個人を元首に祭り上げる集団をこしらえるには、ものす
ごくエネルギーがいる。富と権力を一点集中させるためにそ
ういう七面倒な国家をこさえるわけだから、その他大勢の集
団にそれを均等配分するはずがない。

国家の構成員の意識がばらばらになれば、富の偏在に対する
不満感はすぐにぶくぶく膨らむ。それを防ぐために、トップ
の連中は国民を集めてそこで夢を見させ、統制を図らなけれ
ばならない。

群集心理を利用した、一種の集団催眠をかけるわけだ。全員
が同じ方向を向き、同じものを信奉し、それへの忠誠を誓う
雰囲気を醸成するっていう風にね。
だが、群衆が見るのは『夢』に過ぎない。それがただの夢だ
と分かれば、元々雑多な群衆の心理はすぐにばらばらな状態
に戻る。

俺の仕掛けは、それだけさ。
群衆の心理を、一番効果的な形でばらばらに戻してやればい
い。つまり偉そうなことを言うやつを、その場でこき下ろし
てやる。そいつが『裸の王様』だってことをネタばらしして
やればいい。

マスコミはトップに抱き込まれてるから。そいつをイジるの
は骨だ。それよりも、直接集会でがつんとやらかした方が効
果が高い。

俺は閲兵式の式典会場に、ワンタイムユーズの投影機を無数
に仕込むことを提案したんだ。
その投影機がホログラムとして映し出すのは、元首そのもの。
そして、そいつは元首と正反対のことしか主張しない。現実
の失態を徹底的に当てこするのさ。このろくでなしの嘘吐き
めが……ってね。

実体のないものだから、逮捕者も出来なきゃ、恐怖を使って
口を塞ぐことも出来ない。人的な二次被害の発生はうんと小
さく見込める。費用的にも微々たるものだ。

群衆心理が低下し求心力を失えば、元首がどんな偉そうなこ
とを言おうが誰にも訴求しなくなる。すぐにサボタージュが
蔓延し、国家機能が極端に低下する。
独占していた権利をどこかで手放さない限り、そいつは本当
に惨めな裸の王様になるってこと。

あとは果報は寝て待て、だ。



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(コスギゴケ)



「部長。どうなさったんですか? 浮かない顔で」

「ああ。なかなかいいプランだったんだが、ちょっと……な」

「は?」

「正常なクリティシズム(批判性)が発達している環境下な
ら、反対者も込みで集団が出来る。だが、それはあくまでも
理想論さ」

「なんの……話でしょう?」

「宴会の話」

「はあ!?」

「貸切のパブで、一人だけずっと嫌味ったらしく禁酒論をぶ
ちまかし続けるやつがいたら、俺らはそいつを店からつまみ
出すだろ?」

「ええ」

「じゃあ、そのがあがあ文句言うやつが幽霊だったら?」

「そんなことありえるんですか?」

「まあ、ればたら、さ」

「排除出来なきゃ、シラケて宴会になんかならないです」

「そういうことさ。パブならまだいいが、そいつが外を勝手
にうろうろしだすと……」

「どうなるんですか?」

「全ての合議が成り立たなくなる。ありとあらゆる集団を壊
してしまうのさ。しかも集団がでかいほど悪影響が大きい。
あまりに強力で、しかも汎用性があり過ぎるんだよ」

私の話が、何かヤバい事態のたとえだってことには気付いた
んだろう。ミアがそそくさと部屋を出て行った。

「ふう……。向こうで有効なのは、こっちでも有効なんだよ。
オリー、それをもうちょい考えてくれれば良かったな。おま
えが幽霊になっちまう前に」





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