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第三章 厄病神


(2)


トシの馬力が想像以上で、もっとかかると思ってた剪定作業
があっという間に終わった。
それも、すっごいおしゃれなボードスタンドまでおまけに付
いて。

満足げなマスターが帰って、わたしたちは麦茶を飲みながら
店先で一服する。

「トシ、ありがとね。すっごいきれいになったー。さすがだ
わー」

「普段はデスクワークばっかだから、たまには運動しないと
ね」

「そうなの?」

「コンビニバイトしてた時は、荷入れや品出し、ゴミの搬出
でそれなりにばたばた動くから」

「あ、そうかあ……」

「藤野さんのところだと、事務補助と工程表作り、業者さん
との電話連絡で、下手するとずっと一日中椅子に座ったまま
だもん」

広くなった空を見上げて、トシがふうっと一つ息をついた。

「もう少し体を動かさないとなあ……」

わたしたちの会話を、ママがにこにこしながら聞いていた。

「ねえ、たみちゃん」

「はい?」

「あんたたちは、ほんとに地に足が付いてるね」

なんと答えていいもんやら。わたしは思わず苦笑いする。

ママはわたしたちから目を逸らして、トシと同じように空を
見上げた。

「あの頃は……無我夢中で、自分の足がどこにあるのかすら
分からなかったからなあ……」

「ママ、あの頃って?」

「あはは。わたしがたみちゃんくらいの頃よ。普通は、美容
師の養成学校出たら、どこかの店で修行して、腕を上げてか
ら独立、でしょ?」

「ママは違うんですか?」

「別れたダンナが舞い上がって、ここの店買っちゃったの」

ぎょええええっ!?

「そ、それは……」

「あまりに無謀でしょ?」

「はい……大丈夫だったんですか?」

「大丈夫もへったくれもないわ」

げー……。

「ゆかりがお腹に居て、これからどうやって食べてこうかっ
て真剣に悩んでる時に、勝手に借金してさあ」

「それは……」

「確かに、前のオーナーが夜逃げした後の物件だったから格
安だったけどさ。それだって、普通は買うじゃなくて借りる、
でしょ?」

「ええ。それに……腕が」

「そこが一番の問題。わたしもダンナも、まだまともに客取
れるような腕じゃなかった。でも、もう店はあるでしょ? 
子供のこともあるから四の五の言ってられない。学校の先生
にOBを紹介してもらって、その人を拝み倒してチーフで店
に入ってもらったの」

「あっ!! もしかして、それが柚木さん、ですか?」

「そう。店はわたしとダンナがオーナーだけど、実質柚木さ
んの店よ。わたしたちは下働きしか出来ない」

ぐええ……。

「どんな天才にだって修行時代はあるよ。その間は我慢しな
いとさ」

「そうですよね」

「柚木さんの技量はわたしたちよりはるかに上だったし、客
扱いもうまかった。わたしたちは、柚木さんに店を仕切って
もらう代わりに、ただで教えてくれる先生としてがっちり利
用しないとならなかったの」

「じゃあ……もしかして、ご主人が?」

「そう。腕はわたし以下のくせして自分勝手で横柄なダンナ
が、柚木さんとぶつかったの。従業員のくせして生意気だっ
てね。そんなこと偉そうに言えるわけ? まともに客取れな
いくせしてさ」

ママが、思い切り顔をしかめた。
う……わ。

「柚木さんに逃げられたら、わたしたちは野垂れ死によ。わ
たしは柚木さんに土下座して謝った。ひどいこと言って、ご
めんなさいってね。ダンナは、それが我慢出来なかったんで
しょ。ここを飛び出して、二度と戻ってこなかった」

「……」

「付き合ってた頃は、やり手で自信家のダンナがすごく大き
く見えたんだけどさ。あんな無責任な厄病神だとは思わなかっ
たの」

「あの……それきり……ですか?」

「籍は入れてなかったからね。それきりよ。後を追っかけな
かったのが良かったかどうか、今となってはもう分からない
けどね」

ママは、つんつるてんに切り詰められた庭木にぽんと手を当
てて、振り返った。

「ダンナが残してったこの店の借金。それを返し切るまでは、
絶対に柚木さんに出て行かれるわけにはいかなかったの。柚
木さんにどんな理不尽なことを言われても、わたしは耐えた」

「……」

「ゆかりは、その頃のわたしをずっと見て育ってきたの。だ
から、人間不信がひどいのよ」

「あ……」

「たみちゃんは生い立ちが悲惨だから、ゆかりはたみちゃん
を自分より下に置いたの。気が強くて滅多に人を信用しない
あの子が、たみちゃんには珍しく気を許した。でも、トシく
んがたみちゃんをさっとかっさらったでしょ?」

ううー……。

「あの子には、トシくんが厄病神に見えてるかもね」

ママが、そう言ってぱちんとウインクした。
トシは、わたしと同じように苦笑いしてる。

「あの子は……」

ママが、手を当てていた立木をぱんぱんと叩いた。

「親思いで優しい。でも、しっかりダンナの血も引いてる。
思い込んだら周りを見ずに突進しちゃう。強引で、何でも自
分のペースで事を運ぼうとする」

うん……。

「たみちゃんが身を隠してるのに、たみちゃんの顔写真入っ
たチラシを作ったり、たみちゃんの決戦の時に露骨に嫌な顔
をしたり」

「うう、あの時は……すみません」

「いいのよー。ゆかりは、ダンナほどかちこちじゃないし。
ただね……」

ふうっと大きな溜息をついて、ママがもう一度立木をぽんと
叩いた。

「すごく誤解されやすいのよ。そこがね……心配」

トシは、麦茶の入ったコップを持ったまま、わたしとママと
の会話に一切口を挟まないで、じっと耳を傾けていた。




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