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第三章 厄病神


(1)


結局、あの後もずっとゆかりさんの機嫌は悪いまま。

しかも、ママがどんなに不機嫌の理由を問い詰めても、頑と
して口を割らないらしい。
ママは怒るっていうより、困っちゃってる。

お客さんの髪を扱う時もずーっとむっつりしてて、ママが無
理を押して店に出て、なんとか会話の間を保たせてるって感
じなんだ。
まだ腕前が頼りないわたしに指名がかかるくらいだから、な
じみのお客さんもゆかりさんの不機嫌に怯えてるんだろう。

まずいなあ……。

でも、わたしがうかつに触れることじゃない。
ゆかりさん自身の口から真相が語られるまでは、なんとかサ
ポートするしかないよね。

お店の中がぴりぴりしてて、これまでのお店のあったかさが
目減りしちゃった。

わたしも時々息が詰まって……。
この前仕立てたプランターを見に行く回数が増えた。

わたしたち人間の都合なんか関係なく。
植え込んだ花苗は無事に活着してくれたみたいで、すぐに新
しい葉を伸ばし、花芽を増やし始めた。

うん……ほっとするね。
人間もこれくらい単純に出来てたらいいのになあ。

「はあ……」



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そして、何も事態が変わらないまま日曜が来ちゃった。

ゆかりさんは、わたしたちが作業するっていうことは知って
たはず。でも、朝一で買い物に出かけてしまった。

ゆかりさんを苦手にしてるトシにとってはラッキーだと思う
けど。ほんとにこれでいいのかなあ……。

「あ、トシが来た!」

店の入り口で道具を並べていたわたしとママ、マーブルのマ
スターはトシを拍手で迎えた。

ぱちぱちぱちぱちぱち!

「え?」

「いや、トシしか頼れないから、思い切り持ち上げておかな
いとさー」

「あはは。おはようございます」

照れながら、トシが丁寧に会釈する。

「弓長さん、お休みのところ済みません。今日はよろしくお
願いします」

ママが、痛い腰を無理に折り曲げて深くお辞儀する。

「ママさん、無理をなさらないでくださいね」

気を遣うトシ。

「ありがとう。じゃあ、洋さん。指揮お願いね」

「ははは、任しとき!」

マーブルのマスターも、いろんなことをこなせるよなあ。
喫茶店だけでなくて、写真撮ったり、庭いじったり。多趣味
で器用。すごいなあ。

「じゃあ、まず大枝下ろそうか」

脚立を立てて安定を確かめたトシが、ひょいとてっぺんに上
がって、マスターの指揮に従いながら折りたたみの鋸を動か
し始めた。

ざっざっざっざっざっ!
濡れた木屑の匂いが散ったかと思ったら、青葉を満載した大
きな枝がばさっと落っこちてきた。
その勢いに驚いたわたしたちに向かって、トシが大きな声を
出した。

「真下から離れててくださいね。危ないから」

三十分くらいかけて、店の入り口近くに差し掛かっていた庭
木の枝がきれいに切り払われ、店先がすっごく明るくなった。

「わあ!」

ママがすっごいはしゃいでる。

「これこれ、これよう! こうじゃなきゃ!」

「あはは。すっごく明るくなりましたね」

額に滲んだ汗をタオルで拭いたトシが、すっと脚立から降り
てきた。

「うーん、やっぱり若い人は馬力があるなあ」

指揮をしていたマスターは、トシをぐるっと見回して感心し
てる。
そう、トシはわたしたちが受ける印象ほどひ弱じゃないんだ
よね。大森さんのストーカーをやっつけた時も、俊敏で精悍
だった。

ゆかりさんも、トシのこういうところを見たら印象が変わる
と思うんだけどなあ……。

「続けてやってしまいましょう」

鋸を剪定鋏に持ち替えたトシは、手の届く範囲の枝をどんど
ん切り詰め始めた。
すっきりという以上、すっからかんに近いくらい枝葉の気配
がなくなっていく。

「ねえ、マスター。こんなに切っちゃっていいんですか?」

「まあな。しばらくは不格好になるけど、またすぐに伸びち
まうからね。女手しかないところなら、見栄えより効率さ」

そっかあ……。

店の両脇の植栽。
枯れた木、間延びしてる木は、マスターが指定してトシに全
部切らせちゃった。

うわ……。

「ひろーい!」

「透かして、花物にしてった方がいいよ。その方がずっと管
理が楽だ」

マスターの言うのはもっとも。マーブルも庭はきれいにして
るものね。わたしのプランも膨らみ始める。

「じゃあ、少しプランターを増やそうかな」

「そうしたらいいよ。花苗は入れ替えが効くからね。枯れる
かもってびくびくしないで済む。そんなものさ」

うーん。なるほど。そういう割り切りも要るってことなんだ
なー。

わたしとママがそこらへんをどうするか考えてる間、トシは
マスターとなにやら相談していた。

「あれ?」

マスターが小走りにマーブルの裏の物置に走った。そして……。

ぎこぎこぎこ。

トシがさっき落とした枝を鋸で切って、なにやら組み合わせ
てる。

「トシー、それどうするの?」

「落とした枝を、全部ゴミで捨てちゃうのももったいないか
なって」

え!?

針金とペンチを持って、はあはあ息を切らしながら戻ってき
たマスターは、トシが切り揃えた枝を組み合わせて針金で仮
留めし始めた。

ママが、その様子を口をあんぐり開けながら見下ろしている。

「うわー! おっしゃれー!」

思わず、ママと二人揃って飛び上がった。
結構サイズのある手製のボードスタンドが、姿を現したから。

これを使えば、価格表やサンプル、サービスの広告、そうい
うのが出せるようになるじゃん!

「すっごーい!」

「ははは。捨てるのはいつでも出来る。でも、既成の材料買
うとなるとそれなりにかかっちまうからね。あるなら有効利
用しなきゃな」

「うーん、思ったより立派なのが出来るんですね」

トシも腕組みをして、手製のボードスタンドを見下ろしてい
た。

「軽くて風で倒れやすいから、動かないように固定する工夫
をしないとだめだよ。そこらへんどうするかは、ママさんた
ちで考えてくれ」

「はい!」





The Call And The Answer by De Dannan