《ショートショート 0797》


『安全第一』 (ぱっけーじ 7)


『安全』と書かれると、誰でもそれが本当に安全であると思
い込んでしまう。
いい例が安全ピンだ。

針先がカバーに収納されることから、針が剥き出しのものよ
り安全なことは間違いない。
だが、その『安全』という言葉が度々小さな悲劇を生む。

カバーが外れていれば針は針としての仕事をするんだから、
常に危険は伴うんだよ。
それをぺろっと忘れ、ちくっとやられて、安全って書いてあ
るじゃないかと逆切れするやつが必ずいる。
そんなのは勝手な思い込みさ。

危険と安全の間には明確な境界があるわけじゃなく、地続き
なんだ。それだけじゃない。常に隣り合わせになっているん
だよ。
俺たちはそれを常日頃意識しているはずなんだが、『安全』
と書かれた途端に警戒心を緩めてしまう。

そこが……『安全』という言葉の怖いところだ。

だから俺は、うたい文句に『安全』と記されることは好きじゃ
ない。
それは嘘。偽り。実状を正確に表していない誇大広告に過ぎ
ないからだ。



kke1



『安全』という言葉が持つ欺瞞。
俺は、それをとことん警戒してきたつもりだ。
だが……最近、ちょっと待てよと思い直すようになった。

『安全』という言葉が印字されていれば、最初から安全性を
疑ってかかれる分まだマシじゃないかと。

安全であるという思い込みは、『安全』という言葉の有無に
関わらず発生する。そう、人はパッケージしか見ないんだよ。

本を表紙で判断するな。
よく用いられる格言だが、実際のところ、本はほとんど表紙
で判断されているように思う。

ぱっと目に飛び込んできたファーストインパクトが全てであ
り、内容がねじ曲がって認知されたところでユーザーの責任
に転嫁される。それが、どんな文字や意匠で装飾されていて
も、だ。

例えば。
粉ミルクの缶を開けたら中に毒蛇がいて、そいつに噛まれて
死んでしまった。それは、ばかばかしい事例だと思うか?

でも、もし缶がのっぺらぼうだったなら、中に何が入ってい
るか分からないから缶を開ける前に充分警戒しただろう。
赤ちゃんの写真と粉ミルクという印字が、安全であるという
誤ったイメージをもたらしてしまったんだ。

『安全』という言葉の不全性を常日頃意識していれば、それ
は警告の文字に変わる。
パッケージの一番目立つところにべったりと『安全』と印字
してあれば、そいつをまるっきり信用していない俺は最初か
ら用心するってことだ。

もっとも、そんなひねくれた深読みをするのは俺くらいなも
んだろうけどね。



kke2
(マンサク)



俺は……立て直しをしろと言われて、本社からこの関連会社
に送り込まれた。

技術力はあるが、進取の気質に乏しく発展性のないじり貧の
会社。同族経営の生温さが抜けない上に、妙に頑固な職人集
団を抱えたここを根本から手直しするなら、小手先のテコ入
れじゃどうにもならない。

まじめでコツコツは、融通が効かないってこと。
和気合い合いは、誰も責任を取らないってこと。
長く続いてるってことは、売れるものを持っていても展開を
へまって現状維持しか出来なかったってこと。

『安全第一』の社是を背負ったこの社はもう崩壊寸前になっ
ていて、もはやどこにも安全なところなんかない。
そして、この社の誰一人としてその危機を認識しているやつ
がいない。水から茹でられた蛙の例え、そのままだ。

だが、再建の命を受けて本社から送り込まれて来た外様の執
行役員は、一人の例外もなくこの社の安全第一の餌食になっ
て自爆してきた。

トップダウンでばりばり動かそうとするやつが来て、ドラス
ティックなやり方で社を変えようとしても、無益な反発しか
生まない。生産性を下げ、時間ばかり食って、却って症状を
悪化させるだけ。

この社の看板である守旧的な『安全第一』ってのを外せない
なら、そいつをかけたままで出来る方法にしてやらんとダメ
だってことだ。劇毒を用いて作り直すのは、もう不可能なん
だよ。

本社も、それをやっと認識したんだろう。だから、俺ってい
う『パッケージ』を使ったんだ。

俺は……。
『温厚篤実、堅実で常識的、威圧的な態度や行動は取らず、
じっくり話を聞いて慎重に事を進める』
……というパッケージなんだよ。

だが、俺の中身は紛れもなく壊し屋だ。
壊さなければならないものは、どんな手段を用いても壊す。

既存の部品を用いて修理出来るくらいなら、俺以前に送り込
まれたやつで何とかなってるんだ。側だけ残して中身総とっ
かえくらいの手を使わないと、立て直せん。

俺がパッケージに貼ってる『安全第一』の看板は、ダイナマ
イトを爆破させるから、その前に総員退避しろっていう意味
なのさ。

それが読めないやつには爆死してもらう。

『安全第一』の看板を抱えたままね。





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