《ショートショート 0794》


『こんもりと』 (ぱっけーじ 4)


「おばちゃん、たっぷり入れてくれや!」

「いいのかい? 量り売りだからいい値になっちまうよ?」

「けちけち食うのがいやなんだよ。わしわし食いたい!」

「はっはっは! がっちゃんらしいねえ。でもさ、いつまで
もあたしんとこでおかず買ってないで、ちゃんと嫁さん探し
なよ」

「おばちゃんもいけずだよなあ。俺みたいながちゃがちゃな
やつんとこに来る嫁なんざいねえよ」

「そんなこたあないだろさ。あんたぁ見た目よりずっとしっ
かりしてるからね」

「見た目よりって……ひでえなあ」

「はっはっは! そんなもんだよ。入れもんが小ちゃければ
あふれちまう。入れもんがでかいと中身が足んなくなる。ほ
んと、めんどくさいね」

「へえー。おばちゃんのはどうなんだ?」

「あたしは入れもんばっかでかくなっちゃってねえ。はっはっ
は!」

「んなこたあねえだろ。おばちゃんのおかずは、どえれえう
まいよ。こせこせしたやつにゃあ、こんなの作れねえだろ」

「うれしいねえ。どれ、大盛りだ! これでもか!」

「わははははっ!」



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(ヒマラヤユキノシタ)



一人で店ぇやるってのは、寂しいもんだよ。
あたしゃ入れもんばっか大きくなって、中身がほんとに少な
くなっちゃった。
でも。だからって作るのをやめちまえば、あたしは本当にすっ
からかんになっちまう。

空元気だろうがなんだろうが、無理やりにでもやる気を絞り
出して毎日おかずを作る。
たっぷり。たんまり。もう食べられないってくらいにね。
それがわっさり売れ残っちまうようになったら、もう潮時だ
ね。あたしはそこで店ぇ畳もうと思ってる。

でも、ありがたいことに、あたしんとこのおかずはおいしいっ
て毎日買いに来てくれるお客さんがいっぱいいる。

がっちゃんもそうだけどさ。みんなが所帯持ってるわけじゃ
ない。一々どんな事情かは聞かないけど、独り身でメシぃ作
るのは面倒だっていう男どもがいっぱいいるんだ。

コンビニでもスーパーでもお惣菜は買えるよ。でも、そこに
並んでいるのはあったかくない。作った人の顔が見えない。
あたしの売りはそこだけさ。あたしが作って、あたしが盛っ
て、ほれしっかり食べなさいって手渡す。

それが……あたしがおかずを作る意味だよね。

「ふう……」

鍋をかき回す手を止めて、漂う醤油の香りの中にすっぽりと
埋まる。

あたしっていう入れもんは、もういっぱいになるこたあない。
だから、その分うちでおかずを買ってくれるお客さんの入れ
もんはいっぱいにして欲しい。

うまいもん食べたいから、また明日もがんばろうかって、胃
袋だけじゃあなくて、やる気もいっぱいにして欲しい。
だって、その方が楽しいだろ? 元気ぃ出るだろ?

だから、おかずは山盛り、こんもりさ。



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(ボケ)



「おばちゃん、あら炊きいっぱい盛って」

「あいよ!」

「ポテサラはコーン多めね」

「おいおい。がっちゃんは相変わらず注文が多いね、まった
くぅ」

「わはは! 食うもんくらいは、これからも好きなもんだけ
がっつり食いてえからな」

「え? ちょっと、どういうことだい?」

「ああ、今度結婚することになっちまった」

「うわあ! そりゃあ、おめでとさん! すごいじゃないか!」

「まあな」

「そっかあ……。がっちゃんの大盛り大盛りって声が聞けな
くなるのは寂しいなあ……」

「なあに言ってんだよ、おばちゃん」

「は?」

「メシ食うやつが増えるんだ。もっと大盛りにしてもらうぜ」

どでえん!

「うわわ……」

「わはははは! そのうちかみさんを助っ人に寄越すから、
こき使ってくれや」

「おいおいおいおい」

「いや、冗談抜きにさ。おばちゃん一人じゃ、段々きつくなっ
てくるだろ?」

「そらあ、奥さんが大変だろさ」

「いやあ、俺があいつをオトした切り札は、おばちゃんちの
おかずだからよ」

「へ?」

「おまえも、こんなうめえメシが毎日食いたいだろってな」

「……」

「おい、どした、おばちゃん?」

「醤油が目にしみたんだよ!」

「わははははっ!!」

おかずを盛るなら、こんもりと。
情けを盛るのも、こんもりと。

ああ、そうだね。
入れもんが小っちゃいと、なんぼも入らない。
だからあたしは……これでいいんだろう。

「まいどっ!」





If You'd Ever Needed Someone by Paul Carrack