《ショートショート 0791》


『無性』 (ぱっけーじ 1)


「るい、どっちにするの?」

母が私の側に来て、そう訊いた。

「どっちでもいい。でも、面倒だから瑠衣じゃなくて類の方
にするかな」

「わかった」

私はこれから入院して、手術する。
私が体のどこかに病気や障害を抱えているわけではない。

手術は、私が社会の中で無理なく生きていけるようにするた
めのもの。それだけなんだ。とんでもなくばかばかしいと思
うけど、しょうがないんだろう。



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(クサイチゴ)



私には性がない。私は男性でも女性でもない。
どちらかの性を抱えて生まれてきて、その性に違和感を抱く
性同一性障害や、両性具有のような性のインバランスとは事
情が全く異なる。最初から、性器や生殖器官を持っていない
んだ。

通常、そういう性発達不全で生まれてくるケースでは先天的
な重い病気を伴っていることが多く、早逝してしまうのだそ
うだ。私のように、特に大病もせず成人してしまうのは極め
て稀ということになるのだろう。

私は最初からそういうものだと思っているから、特に違和感
はない。
排泄に必要な穴さえあれば、生活する上での不自由は何もな
いもの。

ただ……。
自分一人なら支障がなくても、社会生活が営めないというの
がどうしようもない難点だった。

なにせ、私は男でも女でもないんだ。見かけが中性的という
ならともかく、性を象徴するものが何もない私は誰にとって
も異端者ということになる。

奇異の目で見られるくらいならまだいいが、集団の中に全く
受け入れてもらえない。私が学校に通えたのは小学校の低学
年までで、それもほとんど休みばかりだった。
そりゃそうでしょう。人前で自分の裸体を見せられないんだ
もの。

私自身の知能や精神発達は他の子と変わらなかったから、カ
ウンセラーや家庭教師の人たちとは普通にやり取りしてきた。
それを通して生活を支えるのに必要な学力や体力は確保出来
たと思う。

私自身の自我形成、倫理観、社会性も、取り分け低いという
ことはないはず。恋愛には全く関心がないということを除け
ばね。

無性は中性とは違う。男女の中間に位置する中性と違って、
無性はそもそもあらゆる性の縛りを受けない。私に他の人た
ちと違う部分があるとすれば、その意識だけだ。

まあ、このままなんとなく生きていければそれでもいいかな
と思っていたんだけど、さすがに成人した後もずっと家にこ
もってはいられないだろう。

どちらかの性になりたいわけではないからホルモン療法は拒
否したんだけど、少なくとも外見はどっちかに似せておかな
ければ、まともな社会生活が望めない。

そう。

私は自分を『男』か『女』のパッケージに入れなければなら
ないってこと。



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(ハナニラ)



戸籍の上では、私は男ってことになってる。それに、体を似
せるなら、男の方がちょっとの加療で済む。私はどっちでも
良かったんだけど、『男』を選択することにした。

でもね。それはあくまでも容器に過ぎない。私にとって、ど
ちらかの性であることは、その付属物の有無で識別される外
観の違いでしかない。中身が無性であることは、何をどうし
たって変わらないんだ。

「ねえ、るい」

「なに?」

母が、ベッドに横たわった私をじっと見下ろしている。

「本当に……いいの?」

「まあね。あれこれ考えても仕方ないし」

「そう……」

「もし、性以外のパッケージの選択肢があったら、もっとま
じめに考えたかもね」

「……どんな、選択肢?」

「人間やめて、天使かゾウリムシ」





Love Comes by Lewis Furey