$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第六話 リライアンス


(4)


「なかむらさん」

ぼやっと考え込んでいたら、ジョンソンさんから声を掛けら
れた。

「はい? なんでしょう?」

「さきほどさわもとさんと、ぶんさんというひとのはなしを
していましたよね?」

「ああ、ブンさんは、私が前に勤めていた沖竹エージェンシー
で調査主任をされてた方です。もう亡くなられました」

「びょうきで、ですか?」

「殺されたんです」

「!!」

ジョンソンさんが、こちっと硬直した。

「警察を辞められたあと、沖竹の調査員に転職して、私のよ
うなど素人の教育係をしてたんですよ。かつて刑事さんだっ
た人ですから、厳しい厳しい」

「あの、なぜころされたんですか?」

「自分に薬を盛った昏睡強盗を深追いしたんです」

「そんな……ありえない!」

「もし、ブンさんが現役ならあり得ないでしょう。ちょうど、
沖竹を辞めたところだった。一瞬、油断したんですよ」

「……」

「相手は女。自分の腕っぷしには自信がある。正義心は強い。
そして薬を盛った女は出所したばかりなのに、身元保証人の
心遣いをつらっと裏切った。それがどうしても許せない。
取っ捕まえて締め上げてやるっ……ってね」

ふう……。
あの時の、やり場のない怒りと悲しさがまた蘇る。

「激昂して女の後を追っているうちに、薬が回って意識を失っ
た。その後、犯行が発覚するのを恐れた女に川に突き落とさ
れたんです」

「……」

ジョンソンさんは、意気消沈した。

「おんなは……こわいね」

「私は、男女関係なく怖いと思いますけどね」

「む……」

「会議の時には話を出しませんでしたけど、麻矢さんを付け
てるストーカーは、ジョンソンさんが調査を承ける前から実
在していましたよ。決して麻矢さんの想像の産物じゃない。
私たちが気付けなかっただけです」

「えええっ!?」

「私も後で分かったんで、しまったと思ったんですけどね」

ジョンソンさんは、麻矢さんを尾行していた時のことを必死
に思い返していた。

「そんな……そんなやつが……いましたか?」

「ええ」

右拳を固めて、テーブルを二回。
こんこんと叩いた。

「あの犯人のカップルは、何度も現場を下見してます。襲撃
は思い付きじゃない。計画的ですから。当然、麻矢さんを付
けたこともあったでしょう」

「むっ! そうかっ!」

「でも、私たちのストーカーの概念の中に、カップルが入っ
ていなかった。だから見落とした。沢本さんも、後でしまっ
たと思ったでしょうね」

「……」

「ストーカーは単独犯であるという思い込み。もし集団で
あっても、それが男ばかりであるという思い込み。いろんな
思い込みが、私たちのアンテナを鈍らせた」

「そうですね」

「だからね、ジョンソンさんも女は怖いと思い込まない方が
いいです。それは、ジョンソンさんの推理に負のバイアスを
かけます」

ぐっと詰まったジョンソンさんが、渋々頷いた。

「ジョンソンさんが女性敵視のスタンスでトミーを見る限
り、トミーを自分の側に持って来ることはない。ジョンソン
さんの敵意を麻矢さんに勘付かれてしまうと、麻矢さんにト
ミーを敵視しろという強いプレッシャーをかけることになっ
てしまいます」

「ううむ」

苦渋の表情を浮かべていたジョンソンさんが、ちらちらと俺
を見る。

「なかむらさん。ひとつ、きいていいですか?」

「なんでしょう?」

「はんにんがつかまったら、なかむらさんのおしごとはもう
おわりのはずです。それなのに、なぜみんなをあつめたんで
すか?」

「ははは。確かに。依頼人の永井さんには、後でアドバイス
をすればいいこと。私が、一銭のもうけにもならない余計な
お節介をする必要はどこにもなかったんですけどね……」

俺はぐったりと椅子にもたれ、天井の蛍光管を見上げて目を
細めた。

「ねえ、ジョンソンさん。私たちは神様じゃないんです」

「はい」

「誰からも愛され、誰にもひどいことをせず、トラブルにも
アクシデントにも遭わずに順調に育ってきた……なんて人は
どこにもいないでしょう」

「そうですね」

「陰の部分は誰にでもある。だから、陰との付き合い方を考
えないとならない」

「……」

「私は、自分で意識して自分のケツを引っ叩いていかない
と、すぐ影のところに落っこちるんです」

「どうしてですか?」

「私は、心から誰かに愛されていると感じたことが一度もな
いんですよ」

「……」




rl3
(ハナノキ)





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