$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第四話 ファクト


(7)


「これで分かりますよね? 私とジョンソンさんに、異なる
依頼者からほぼ同時に同内容の依頼が入って、それを承ける
ことになってしまった。二重依頼の発生です」

もう一度、ぐるっと関係者を見回す。

「実はね、二重依頼自体はそれほど珍しいことじゃないんで
すよ」

「えっ!? そうなんですか?」

お父さんが目をまん丸にして驚いている。

「お父さんが最初に依頼しようとしたところが、もしJDA
ではなく私のところだったら、あなたは独立したばかりの貧
乏ぺーぺー探偵を信用なさいますか?」

「う……そ、それはー」

「でしょ? でも、私のところは調査料金がうんとこさ安い。
じゃあ、ここで保険をかけて大手にもやらそう。そう考える
人がいてもおかしくないんです」

「うーん、たしかにそうですね」

ジョンソンさんが、ちらちらと俺を見ながら頷いた。

「単純な素行調査。たとえば、浮気の事実があるかどうかを
夫を尾行して探ってくれという場合、それが二重依頼だろう
が三重依頼だろうが、あまり結果には影響しません」

「他に頼んでいるところがあったと分かった時点で、なんだ
信用されてないのかと感じて、私が不愉快になるだけです」

「そして、多重依頼じゃないか失礼だとクライアントに文句
を付けたってしょうがない。だって、実績がなくて信用され
ないのは、紛れもなく事実なんですから」

ふうっと大きく息をついたジョンソンさんが、床に視線を落
とした。
たぶん、ジョンソンさんが仕事を始められた時には、とても
苦労なさったんだろう。

「でも、今回の二重依頼はそういう性質のものではありませ
ん。お父さんはジョンソンさんにしか、永井さんは私にしか
依頼していない。それが重なってしまったのは、あくまでも
偶然です」

「ええ」

「ただ、その重なり方が非常に危険だった」

「あの……なぜですか?」

お母さんから質問が出た。

「ストーカーを特定出来ないことで、麻矢さんがものすごく
怯えていた。それと同じ恐怖を、私たちも負わないとならな
いからです」

「あ……」

「永井さんに、先ほど確かめましたよね? 相手が分からな
いことで、恐怖心からストーカーを『作り上げてしまう』と。
私たちもそうなってしまうんですよ」

し……ん。

きしっ。
俺が床で靴を擦った音で、永井さんとお母さんがきゅっと縮
み上がった。
ね? そういう感覚なの。分かる?

「私たちは、事実関係を調べるのが仕事です。武装して取り
締まりに当たれる警察じゃありませんから、私たち自身に危
険が及ぶことは極力回避しなければなりません」

「ですが、『現れたストーカーが誰か』を調べることは、私
たちが承けた依頼の一部なんですよ。少なくとも、そこが明
らかになるまでは、危険だからもうやりません、離脱します
というわけにいかないんです」

「……」

「それにね」

「はい」

お父さんが、ごくりと生唾を飲み込みながら俺を凝視してい
る。

「指揮が二系統になってしまった。ジョンソンさんの系と私
の系。そして私たちからのアドバイスが、それぞれお父さん
と永井さんを介して間接的に麻矢さんに伝わったんです」

「あ!」

ご両親も永井さんも、ぼーぜん。

「私のとジョンソンさんのレコメンドが同じなら良かったん
ですが、正反対だった」

「あの……どういう?」

「ジョンソンさんは、ストーカーの特定を最優先に据えてい
ました。ですから、麻矢さんに通勤、退勤のルートを変えて
欲しくなかったんです。犯人の動きが読みにくくなりますか
ら」

「!!」

「私は、ストーカーの襲撃がありうることをまず念頭に置き
ました。万一の被害を回避するために、同じルートを使わな
いようにと、永井さんを通してお願いしました」

「……」

「私としては、心底心配してアドバイスしたことをまるっと
無視してしまう麻矢さんが腹立たしくてしょうがなかった。
ジョンソンさんも、あれほどルートを変えないでくれと頼ん
だのをなぜ変えると面白くなかった」

「ははは。そうですね」

ジョンソンさんが、仕方ないという風に天井を見上げる。

「でも、相反する指令を受け取ってしまった麻矢さんも困っ
てしまいますよね?」

ご両親が顔を見合わせた。
俺も苦笑せざるを得ない。

「こんな風に。依頼が二重になったことの弊害ばかりが、全
部吹き出してしまったんですよ」

右手をぐんと突き出して指を折る。

「関係者がお互いを疑うようになる。注意が本当のストーカー
から逸れる。指揮系が錯綜してうまく機能しなくなる」

「私は18、19の両日でだいたいのあたりを付けたんです
が、それはあくまでも私の直感でしかありません」

「麻矢さんに直接確認出来ない以上、私の推察したことが合っ
ているかどうかを確かめるには、麻矢さんを脅しているやつ
が何らかの行動に出るまで待つしかない。ですから、そこか
ら先の手段はジョンソンさんと同じなんです」