$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第四話 ファクト


(2)


俺は、連絡された集合時間の十五分前にはもう着いていたん
だが、他の関係者はすでに全員揃っていた。
それだけ関係者の不安感や恐怖心が強かったということだと
思う。

会議室のドアを開けて俺が一歩中に入った途端に、全員の鋭
い視線が俺に飛び込んできた。
……ただ一人俯いたままの麻矢さんを除いて。

俺は軽く一礼して、ジョンソンさんの隣に設定されていた席
に着いた。

高科さんが議事を仕切るようで、俺らが揃ったことを確認し
てすぐに立ち上がって一礼した。

「お伝えしてある時間より前ではございますが、みなさんお
揃いですので、これよりミーティングを始めさせていただき
ます」

「本日はお忙しいところをご足労いただき、ありがとうござ
います。みなさんご存知のように、先日お客様が巻き込まれ
る形で事件が発生し、当社の社員が図らずも関わってしまい
ました」

「県警からの情報提供依頼もございまして、当社としてはそ
れを無視出来ない状況になっております」

「ですので、本日は事件の再発防止、包括的解決に繋がるよ
う、関係者間での事実確認と意思統一をさせていただきたい
と思います」

「ご不満はいろいろあろうかと存じますが、何卒ご協力くだ
さいますよう、よろしくお願いいたします」

うん。恐ろしいくらい卒がないね。
とてもしっかりした会社だ。評判通りだよ。
ジョンソンさんの力量が、よーく分かる。

「進行役を、中村探偵事務所の中村操さまにお願いしてあり
ます。中村さま、どうぞよろしくお願いいたします」

ううう。『さん』でもどえらくくすぐったいのに、『さま』
かよ。蕁麻疹が出そうだよ。はあ……しゃあない。

俺も立ち上がって挨拶する。

「中村探偵事務所の中村です。今日は、どうぞよろしくお願
いいたします」

ぺこ。

「早速ですが、お名前だけで結構ですので、みなさんそれぞ
れ自己紹介をお願い出来ますか?」

俺以外、全員なぜっていう顔で俺を見た。
ジョンソンさんまで。

おいおい、ジョンソンさん。それでいいのかよ。
この中に、直接会話を交わして互いの意思をきちんと確認出
来たコンビネーションなんかほとんどないんだよ。
これからのミーティングで、きちんと意思疎通を図らなけれ
ばならないのなら、まず最初の印象がとても大事になる。

オープンにする人か。隠してしまう人か。
その意思表明を自分の目と耳で確認してから、自分のカード
を切る。誰もが無意識の内にやってることさ。
その当然のことが誰も出来ていなかったから、こんなことに
なっちまったんだ。

その不具合を、今のうちに強制的にデフォルトに戻しておか
ないとならない。
知ってることと知らないことが中途半端に入り混じっている
カオスな状態から、全員白紙でスタート出来るところまでね。

「まず、言い出しっぺからやりましょう。私は中村探偵事務
所の中村操です。名前は一丁前ですが、まだぺーぺーの一人
探偵です。どうぞよろしくお願いします」

俺の意図をなんとなく察したんだろう。
ジョンソンさんが次に立った。

「わたしはフレデリック・ジョンソンです。JDAのしょちょ
うです」

記録係の高科さんが立った。

「私は、JDA調査員の高科和也です。よろしくお願いしま
す」

たくさんのクライアントと毎日やり取りしているお二人は、
自己紹介が無機的で簡潔だ。

「ええと、私は住岡防災の沢本泰晴です。警備や警護の仕事
をしております」

職務上、露出を少なくしたい沢本さんの挨拶も簡便だ。

今度はクライアント。誰が先に立つかなあと思ったけど、永
井さんが真っ先に立った。

「聖ルテア女子高等学校の校長を勤めております、永井房子
と申します。麻矢ちゃんの伯母にあたります。今回の件では、
中村さんに大変お世話になりました」

おいおい。俺は思わず苦笑した。
俺が隠さなければならない依頼人との関係を、依頼人自らが
暴露する。とんでもない掟破りだけど、素人の永井さんに俺
がとやかく言う筋でもない。

もっとも、俺がジョンソンさんの知らない永井さんを招集し
た時点で、俺と永井さんとの関係は薄々分かっていただろう
けどね。

次は麻矢さんのご両親。お父さんが先に立った。

「ジョンソンさんには大変お手間とご迷惑をおかけして、本
当に申しわけありません。娘の身辺調査をお願いした、見附
崇(たかし)と申します」

今度は、ジョンソンさんが大苦笑。
苦労してジョンソンさんが依頼人をぼかした意味がない。
でもそれは永井さんと同じで、ジョンソンさんから止めてく
れと言える筋合いじゃないんだよね。
案の定、ジョンソンさんは泰然としてる。

お母さんが立った。

「見附正子(まさこ)です。麻矢の母です」

うん。お父さんにリードをさせてる。出しゃばりではない。
ただ、この依頼については夫婦の間でちゃんとコンセンサス
が取れていなかったんだろう。
お父さんのスタンドプレイだったのかもしれない。
夫に対する不満や不信感が、かすかではあるけど表情に出て
いる。

そして。終始ずっと俯いたままだった麻矢さんは、全員の挨
拶が終わっても顔を上げず、席を立つ素振りも見せなかった。

それを気にしたお母さんに何度かつつかれて、渋々という感
じでゆっくり立った。
顔は上げない。伏せたまま。ぼそぼそと。

「見附……麻矢です」

そのまますぐ腰を下ろしてしまった。

麻矢さんの態度を見た関係者の表情は様々だった。

ご両親は、ショッキングな事件の当事者になった娘を心配し
ているんだろう。しょうがないなという感じ。
永井さんは、ご両親と違って麻矢さんの態度をかなり批判的
に見てる。もっと毅然としなさい。そんな風に。

そして、沢本さんは怒ってる。
俺が体を張って守った意味があるのか? このグダ女め!
そういう苛立ちが見える。

ジョンソンさんは、観察者の顔だ。
俺と同じで、ジョンソンさんもまだ依頼が完遂していない。
身辺調査は、俺の素行調査と意味は同じ。
被害者本人からの依頼でない限り、そういう形でしか調査を
受けられませんよと父親を諭したんだろう。




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