$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第四話 ファクト


(1)


形の上では。
つまり俺が永井さんから本来承けるはずだったストーカーの
特定という意味では決着がついた。

だが、俺が永井さんから承けたのはそうではない。
それが形式上だろうが本筋だろうが、契約上は麻矢さんの素
行調査なんだ。

だとすれば、それはまだ完遂されていない。
そして、永井さんがストーカー事件を決着したものと考えて
いるとすればとんでもない大間違いで、そのことを永井さん
にぎっちり警告しておかなければならない。

いいか?
今回のことは、博打を打たないと犯人が分からなかったんだ。
それは本来絶対あってはならないこと。
本人だけではなく、その周辺の大勢の人を危険に巻き込み、
迷惑をかけることになるからだ。

それだけじゃない。
きちんと原因、背景、経緯が分かっていない限り、警察だけ
でなく俺らも動けないんだよ。

嫌だ、怖い、どうしようと感想ばかりいくら周りに漏らして
も、それが解決に繋がることなんか絶対にないよ。
それは、新聞を賑わすたくさんの悲惨な事件を見ればすぐに
分かるだろ?

男女関係のもつれで、逆上した男に殺されてしまった女の事
件なんざ掃いて捨てるくらいある。
その多くで被害者から予兆(サイン)が出てるんだよ。
でもSOSが予兆で止まってしまったからこそ、それが抑止
力にならずに犯行に結びついてしまってる。

意思伝達のパイプがどこかで詰まってしまうこと。
それが全ての悲劇の端緒になってるんだ。
俺は、その危険性をでかい声でどやさないとならない。

麻矢さんの危機を察して先に動いた永井さんを、じゃないよ。
当事者なのに、最後まで第三者の位置からぴくりとも動かな
かった麻矢さんをね。

さて、出かけるか。

俺が、事務所の引き戸をがたぴし言わせながら引き開けたら、
母屋から正平さんが大あくびしながらのったり出てきた。

「おはようございます!」

「おう、中村さん。朝早くから精が出るね」

「一つ、でかい案件が片付きそうなので。これから最後の一
山、です」

「そうかいそうかい。いや、あんたはほんとに腕がいい。今
まで俺から頼んだのは、全部解決してるからね」

「いやいや、それは正平さんがちゃんと仕分けしてくれるか
らですよー。助かります」

「ははははは! そらあ、あの世から相方呼び戻せなんての
は無理だからなあ」

どて。

「恐山のイタコじゃないんすからー」

「わははははっ!」

気持ちよさそうに全身を揺すって笑った正平さんは、俺の背
中をぽんと叩いて送り出した。

「ほれ、行ってこい。めでたく片が付いたら一杯やろうぜ」

「ははは! そうですね。気持ちよく酒が飲めるように、踏
ん張ってきます」

「おう!」

俺は正平さんに手を振って、大股で歩き出す。
朝から誰かと会話をして、こうやって気持ちよく送り出して
もらえる。

それが自分の親兄弟とではなく、何の血の繋がりもない正平
さんとの間で繰り返されること。
傍目には滑稽であっても、俺にとっては間違いなく得難い幸
運だろう。

そして、その幸運は自分から取りに行ける。
少なくとも、俺ならそうする。

そのことを。
俺は今日関係者全員に、力一杯どやさないとならない。


           -=*=-


「うーん」

JDAの立派な社屋を見上げて、思わず溜息をついた。
同じ稼業で、これほどまでに違いが出ちまうんだよなあ。
でかい組織にしてしまうと、沖竹と同じでいろいろ難しいと
ころも出てくるんだろうけど、ここは本当に堅実だからなあ。

俺が入り口のところでしみじみと考え込んでいたら、ジョン
ソンさんと一緒に尾行に加わっていた高科さんがばたばたと
走り出てきた。

「中村さん、おはようございます。今日はよろしくおねがい
いたします」

「こちらこそ。お手数をおかけしますが、どうぞお付き合い
ください」

「はい。今日は私が記録役で張り付きますので、ご承知おき
ください」

さすがだ。
今日のミーティングが単なる事情説明の会で終わらないとい
うことを、ちゃんと読んでる。
ジョンソンさんの配慮だろう。

「分かりました。見附さんのプライベートに踏み込まなけれ
ばならない部分が多々あるので、私の方では紙媒体のものは
一切配布しません。そこはどうかご配慮をお願いします」

「了解です」

セキュリティのしっかりした調査会社らしく、個人識別用の
IDプレートを渡され、建物内では胸から外さないでくださ
いと説明があった。
沖竹では、こういうのはなかったよなあ。

経営者としての視点や運営方針に、ものすごーく大きな違い
があるような気がする。
どっちがいいというわけじゃなく、顧客のセグメントの違いっ
てことに集約されるんだろうなー。
きっと。

「さて、と」

俺は、先導してくれる高科さんに付いて、ジョンソンさんが
用意してくれた会議室に向かった。