$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第三話 メイレイ


(8)


女が逃げることも斬りかかることも出来ずにフリーズしてい
る間に、通行人が警察を呼んでくれたんだろう。

俺らの前後からばたばたと誰かが駆けつけるような音がして。
警棒をかざしたお巡りさんが、俺らの方に駆け寄ってきた。

「武器を捨てなさい!」

若い警官が強い口調で警告を発した。
女はもうこれまでと観念したんだろう。
振りかざしていた腕を下ろして、ナイフをぽとりと足元に落
とした。

それを素早く足で押さえつけた警官と入れ替わって、ごつい
年配の警官が女の持っていたバッグをさっと取り上げ、もう
一人が身柄確保を本署に連絡している。

さっき白人のおっさんに組み伏せられた男も、後続の警官に
よって武装解除されたようだ。
犯人確保を確かめた俺らは、やっと警戒を解くことが出来た。

「ふうううっ……」

握り締めていた警棒代わりの雑誌は、握っていた部分の紙が
汗でよれていた。
こんな冷や汗は……かきたくないね。

駆けつけた警官は、襲われた麻矢さんにも事情を聞いている
が……とても今すぐ答えられるような状態じゃないだろう。

でも、ここから先は俺らの仕事じゃない。
あとは警察に任せるしかないね。

ふうう……間に合って良かった。
本当に、未遂で良かったよ。


           -=*=-


無事ストーカーの正体が割れて、そいつらが銃刀法違反の現
行犯で逮捕されるという結末。
俺の想定の中では一番黒いところに落ちてしまったけど、そ
れでも想定内だった。

あれだけ大勢人がいる中でナイフを振りかざして人を襲えば、
後でどんな言い訳も出来ないよ。
無罪放免はあり得ないだろう。

ただ……動機がね。

直接の動機は間違いなく怨恨さ。
でも、麻矢さんには恨まれる覚えがないだろう。
警察でも、加害者と被害者の間の意識のズレをどうにも理解
出来ないと思う。

任務が完了したから、サポーターは即退場と言えればいいん
だけど、そうは行かない。
俺らは、クライアントへ経緯を説明したり、警察の事情聴取
に協力したり……結局大仕事になってしまうんだよね。

まあ、それはしゃあない。

事情を聞かれていた警察署から出て、俺と沢本さん、そして
俺らと牽制しあっていた男二人。
そこで初めて自己紹介ってことになった。

俺が口火を切る。

「参りましたね」

白人の男が、ぶるぶると首を振った。

「めいれいはこまります」

は?

「あの、どなたかに命令されてたんですか?」

「あ、すみません。えむいーえるいーいー。melee」

「それは……?」

「だれがてきで、だれがみかたかわからないふぁいとです」

「ああ、乱戦ていうことですね」

「そうそう、それ! らんせん、です」

すごいな。
年は俺よりかなり上だと思うんだけど、日本語が本当に流暢
だ。たどたどしさがない。

「申し遅れました。私は、中村探偵事務所の中村操と言いま
す」

白人の男は、これでもかと言わんばかりの苦笑を浮かべた後
で、ぐいっと手を差し出しながら答えた。

「フレデリック・ジョンソンです。ジェイディーエーのしょ
ちょうをしています」

おおおっ!
JDAって、めっちゃ大手やん! すげえ!
社長がジンガイだったのかあ!

「やっぱり同業の方だったんですね!」

「ああ、そうだよな」

深く深く溜息をついた沢本さんが、同じように苦笑しながら
自己紹介した。

「私は、住岡防災の沢本泰晴です。こういうのはほんとに勘
弁して欲しいね」

「ええ、ダブルオーダリング(二重依頼)、ですね」

ジョンソンさんが俺の出した右手をがっと握りながら、そう
答えた。

ジョンソンさんと一緒にいた男は、社員さん。
つまり俺が沖竹にいた時と同じで、調査員なんだろう。

「私は高科(たかしな)和也です。JDAの調査員をやって
おります。いやあ、まさかこんな……」

と言ったきり、絶句してしまった。




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Chasing The Sun by Sara Bareilles