$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第三話 メイレイ


(7)


社屋から出てきた麻矢さんは、思い切り怯えていた。
そらそうだろう。

俺と沢本さん。そして、ストーカーの二人の男。
互いに牽制しながら、麻矢さんの尾行をしてる。

視線が何度も交錯し、とんでもなく緊張した空気が漂って、
勘のいい人でなくても分かるくらいきな臭い雰囲気になって
いた。

どちらかが麻矢さんへの行動を起こせば、一触即発。
その中に放り込まれている麻矢さんは、たまったもんじゃな
いだろう。

だが、俺はその間にも周辺監視を怠っていなかった。
それは、俺が連中をまだ直接の敵と位置付け切っていなかっ
たからだ。
連中の動きに俺の注意を全部持って行かれると、もし連中が
単なるダミーであった場合に俺の初動が遅れることになる。

それが、俺の想定した最悪の事態だ。

彼女の周辺にいる通行人の行動や視線の動き。
それを確認しながら、俺はゆっくりと麻矢さんを付けた。

そして……。

「ひゃほーっ!」

「タケシってさいっこう!」

「だろ?」

べったべたに引っ付いたカップルが、少し早足で俺の目の前
を通り過ぎて行った。

くそったれ!
この緊急時に、能天気な連中が与太飛ばすんじゃねえや!
いらいらして、意識がそのカップルに向いた。

「トミーはどうすんだ?」

俺の少し前で男がそう言った瞬間、俺の背中に戦慄が走った。

トミー?

慌てて、そのカップルの手元を見る。
二人とも、組んでいる腕の反対側の手が不自然にバッグに突っ
込まれていた。

そして、いちゃつきながらゆっくり歩くはずのカップルなの
に、やたらに歩くスピードが早い。

女の方が、顔を歪めて吐き捨てた。

「ずったずたにしてやんよ」

まずいーっ!!

俺は隠れていた看板の陰から飛び出して、その連中を指さす
と、麻矢さんを前尾行していた沢本さんに向かって力いっぱ
い叫んだ。

「沢本さん! そいつらだーっ!!!」

やばい!! やばい!! やばいーーーっ!!!

どう見ても、沢本さんとカップルとではカップルの方が麻矢
さんに近い。
二人に挟まれて刃物を使われると、麻矢さんは防ぎようがな
い!

「くそったれーーっ!!」

俺がカップルの後ろから全力で突っ込んで行くと同時に、俺
たちを牽制していた男二人も飛び出してきた。

連中には、俺が麻矢さんを襲うように見えたんだろう。
そんなの、ゆっくり説明してられるかっ!
間に合わねえっ!

俺はカップルの前にまわり込もうとした。
でも、俺が大声で叫んだことで、トミーという女と相手の男
が割れてしまった。女は麻矢さんの方に全速で走って行く。

カップルの男は、俺を足止めしようとしたんだろう。
でかいアーミーナイフを振り回しながら突っ込んできた。

「邪魔すんな! クソ野郎!」

クソはどっちだっ!

素手でナイフと渡り合うのは愚の骨頂だ。
だが、そうかと言ってここで俺が離脱すれば、麻矢さんが挟
み討ちになってしまう。二対一じゃ沢本さん一人で防ぎ切れ
ん。

俺は、ブンさんから一切護身術や格闘技を習わなかった。
それは無駄だからと。
だが、いざという時に身近なもので深手を避ける工夫をしろ
とは教わっていた。

革靴を脱いで盾にする。
砂や水を目に浴びせる。
そして……。

俺がさっき買った雑誌は、そういう最終兵器の一つだった。
紙を硬く丸めると、強度が出て警棒代わりに使える。
長さがあれば、それだけ相手の攻撃域を自分から離すことが
出来る。
牽制して相手の出足を止められるから、致命傷を受けにくく
なるんだ。

「来やがれっ!」

案の定、俺が丸めた雑誌を警棒のように持って突き出すと、
そいつの足が止まった。

「こ、こいつ」

犯行後に逃げることを考えるなら、足が止まった時点で負け
さ。
ただ、俺は男と正対している間は振り返れない。
トミーって女が、麻矢さんにどういうアクションを起こして
いるか、それに麻矢さんがどう対応しているかを確認出来な
いんだ。

足が止まって睨み合いになった俺と男の後ろから、派手なが
なり声が聞こえてきた。

「ガッデム!!」

ちっ!
一人でも厄介なのに、ろくでもねえ!

だが俺たちを監視していたはずのヤバそうな白人男は、あっ
という間にナイフを持って構えていた男の背後を取った。
そして、ナイフを握っていた腕を掴んで後ろ手に捻じ上げた。

「ぐわっ!」

まさに、瞬殺。

白人の男は、そのまま体重にものを言わせるようにしてナイ
フ男を押し潰し、路上に組み伏せた。
だが、俺にはそれをのんびり見届けている暇なんかなかった。

「沢本さん!」

振り返って、全力で走る。

うおっ!

こっちも、さっきの俺対ナイフ男と同じ状況になっていた。

腰を抜かしている麻矢さんの前に立って、伸ばした特殊警棒
を正眼に構えた沢本さんが、ナイフを硬く握っている女と対
峙している。

ふうーーっ。
なんとか間に合ったか……。

沢本さんが、目を血走らせて呻いた。

「おう。こんなの、とんでもなく予想外だぜ」

「ええ……」