$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第三話 メイレイ


(3)


沢本さんが帰られたのと入れ違いに、永井さんから電話がか
かってきた。

「中村さん、いかがですか? 何か分かりましたか?」

「その前に、漫研の顧問の先生からの聞き取り結果を伺いた
いんですが」

「はい。当校の丸茂(まるも)という女性教諭がずっと漫画
研究会の顧問をしているんですが、彼女に聞く限り部活での
トラブルは聞いたことがないと」

「ふむ。麻矢さんは高崎ひとみさんという子とコンビで作品
を作ってますよね?」

「ええ。麻矢ちゃんは、その子とはすごく仲が良かったよう
です。部活ではほとんどべったりペアみたいな感じで」

「なるほど。卒業後は……分かんないか」

「ええ。私どももさすがにそこまでは」

「麻矢さんが大学に出られてからは、麻矢さんの口からその
子の話題が出たことがありました?」

「いいえ。お恥ずかしいことなんですが、今回丸茂さんに聞
いて初めて、へえーあの子にそんな仲良しがいたんだと認識
した次第で……」

「……」

「なにか?」

「いえ、まだ判断材料が全然足りないんです。でも、今の時
点でいくつか分かったことがあるんですよ」

「え!? なんでしょう?」

「麻矢さんの基本線、自分の意志や感情を人前で出したくな
いという性質は、小さい頃から一貫して変わってないなあと」

「ええ」

「ですから、全ての行動原理はそれに基づいていると思いま
す。頑固なくらいに、変化させてません」

「……」

「中学の時の男の子に裏切られたショックは、男の子に自分
をアピールするのが苦手だという意識に結び付きました。男
の子が生理的に嫌なのではなく、自分をアピールしなければ
ならない環境が嫌なんです」

「ええ」

「それが、男の子がいない女子高という選択に結び付きまし
た」

「……」

「でも、永井さんが言われたように、女子高は聖女の集まり
じゃありません。そこにはいろいろあります」

「ええ」

「ですから、それを体感した麻矢さんが、女の園にいること
を拒否したんです。文系の女子大なら、女子高の延長と変わ
りません。集団に入れないことを、ことさら異端視されてし
まうんです」

「あ!!」

永井さんが、電話口の向こうで机を平手で叩いたんだろう。
ぱんという大きな破裂音が聞こえてきた。

「な、なるほどっ!」

「そう考えると、麻矢さんの選択は実に理に適ってるんです
よ。理工系の大学は、理詰めで考える人の集まりです。オタ
クでぼっちであっても、全然目立たないんです。逆に、細や
かに感情を汲んでくれという子の方が居心地が悪い」

「麻矢さんのようなタイプの子の方が、アダプトしやすいん
ですよ。そしてね」

「はい」

「理工系の大学は、確かに女子が少ないです。でも、男の子
の目はその少ない女子よりも、もっと大きな母体に向くんで
す。今は、合コンでいくらでも他校の女子にアプローチ出来
ますから」

「そうか」

「少ない女子だって言っても、地味で自己アピールをしない
子に、誰もちょっかいなんか出しませんよ」

「じゃあ……カレシの件……は?」

「契約でしょう。自分にカレシがいるという状況を、何かの
理由で作る必要があった。名前だけの恋人ですから、乾いて
るのなんか当然です」

「その理由……は?」

「分かりません。でも、それしかパートタイムラバーをこし
らえる意味はないと思います」

「……」

「就職もそうですね。自分を売り込まないと採用してもらえ
ない。その手の自己ぴーが大っ嫌いな彼女が、一般企業への
就職にトライするはずがないんです」

「それで……か」

「働きたくない。怠けたい。そういう理由じゃない。人と顔
を付き合わせて、腹の探り合いやピーアール合戦をやりたく
ないからです」

「で、今の会社はその必要がない、と」

「はい。年配者ばかりで、しかも結構忙しい。誰もが自分の
持ち場をしっかり守って仕事をしていますから、不用意に自
分に関わってこない。だから居心地がいいんですよ」

「……」