$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第三話 メイレイ


(2)


どんどん!

俺が同人誌を前にがっつり考え込んでいたら、突然事務所の
ドアが乱暴にノックされた。

「な、なんだあ!?」

慌てて窓から外を見遣ったら、年配のおじさんが窓から中を
覗き込んでいて、目が合った。

あ、もしかして。

しぶい引き戸をぎしぎし引き開けて、おじさんを迎え入れた。

「沢本さんですか?」

「はっはっは! 仕事にかかる前に、直接面通ししといた方
がいいだろうと思ってね」

「助かります! どうぞお入りください」

「失礼します」

おじさんは事務所に入るなり、携えていたクラッチバッグか
ら名刺を引っ張り出した。
俺も名刺入れから名刺を出す。

「住岡防災の沢本泰晴と言います」

「中村探偵事務所の中村操です」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ!」

なるほどな。この社名なら、護衛をやってるという固定イメー
ジを持たれなくて済む。
かなり、条件のきつい護衛も引き受けているんだろう。

がらっぱちな人のように見えたけど、堅実で受け答えがすご
くしっかりしてるな。

「あの、沢本さんは以前警察に勤務されていました?」

「ははは! ご明察です。退職後のセカンドライフってやつ
ですね」

やっぱりかあ。じゃあ……。

「あの、本庁で勤務されていた村田文一さんという刑事さん
をご存知ですか?」

「ええっ!? あんた、ブンさんを知ってるのかい?」

「ブンさんが退職後に勤められていた調査事務所で、私はブ
ンさんの部下だったんですよ」

「ほう、それはすごいな」

「え?」

「ブンさんは、犯人に対して鬼ってだけじゃない。部下に対
しても鬼だったからね」

「まさに……そうですね。血ぃ吐くまでがっつりしごかれま
した」

「はっはっは! そうかそうか。あんた、ブンさんの弟子か
い。それは奇遇だなあ」

まさかブンさんで繋がるとは思ってもいなかったけど、沢本
さんはそれですっかり俺を気に入ってくれたようだった。

「で」

「おう」

口調まで変わってる。くす。

「どう考えても、今回の件。変ですよね?」

「そうなんだよ。俺もやりずらくてしょうがないんだ。手ぇ
出してきそうなやつに全然見当が付かないなんてのは、論外
もいいとこだよ」

沢本さんも、警察時代の血が騒ぐんだろう。
でも、立場は俺よりもっと難しい。
引き受けたのはあくまでも護衛であって、捜査や調査じゃな
いからね。

「どうだい? 中村さんの方で、見当が付いたかい?」

「いえ、これまで調査した範囲では、まるっきり犯人像が浮
かんで来ないんです。私がこれまで手がけた中でも難物中の
難物ですね」

「うーん……」

「麻矢さん本人から聞き取りが出来るなら、特に難しくはな
いと思うんですけど、今回それを禁じられてるんです。そこ
がどうにもこうにもネックで」

「そうなんだよ。俺もそうなんだ。彼女に気付かれないよう
にガードしてくれっていうのはなあ」

「ですよねえ」

護衛は守る対象者の近くにいないとならないけど、神経がぴ
んぴんに張り詰めてる麻矢さんの近くに居続ければ、沢本さ
んがストーカーに間違われてしまう。
そして、うんと離れてしまうと護衛にならない。

距離の調整がめちゃめちゃ難しいんだろう。

「私が永井さんから承けているのは、ストーカーの特定では
なく麻矢さんの素行調査です。なので、明日からわたしも麻
矢さんの行動を監視します。それで互いの弱点を補う形にし
ませんか?」

持ちかけてみた。

「……」

黙ってしばらく俺の顔を見続けていた沢本さんから、探りが
入った。

「中村さんは、護身術や逮捕術は習ったことはあるかい?」

「ありません。ブンさんに無駄だから止めろと言われてまし
た。そんな危険を冒すような調査員はヘボだって」

「さすがだな。その通りだ。護衛は出来ないってことだな」

「はい。その代わり、目を一つ増やせます」

「ああ、そうか。俺は彼女から目を離せないから、その代わ
りをってことだな」

「はい」

「うん。それならすごく助かる。距離は取るんだろ?」

「ええ、出来るだけ全体が見通せる位置に陣取ります」

「分かった。明日からよろしくな」

「こちらこそ!」

携帯の電話番号を交換した後、沢本さんは満足げに引き上げ
ていった。俺もほっとした。

単独で監視をするよりも、チームの方がずっと効率もいいし、
リスクも下げられる。
俺と沢本さんの本務は異なるけど、それぞれの仕事を完遂す
るための方法にはそんなに違いがないんだよ。




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Chasing Pavements by Adele