$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第二話 アンノウン


(8)


「あえ!?」

田辺さんが素っ頓狂な声を出した。

「信じられないなあ」

「どうしてだい?」

「いえ、僕も腐ってますし、そっち系の話は友達や後輩にも
よくするんですけど、彼女がそれに反応したことなんか一度
もありませんでしたよ?」

「ははははは! 腐ってるかあ」

年配の教授に『腐っている』の本当の意味が分かっているか
どうかは疑問だけど、マンガやアニメが単純に好きというレ
ベル以上に突っ込んでるってことはイメージしてると思う。

「それじゃあ、高校出てからマンガ以外に何か熱中出来るこ
とを見つけたってことですかね?」

俺がそう振ると、田辺さんがしきりに首を傾げた。

「うーん、そんな風には見えなかったけどなあ……」

「まあ、彼女は自分の熱を人に見せるのが苦手なんだろ。好
き嫌いやこだわりがあっても、それを人に主張するのがしん
どいんだろうよ」

うん。その見立ては俺と同じだ。
先生も、見附さんの性格のおおまかな把握はしてたってこと
だな。

「じゃあ、今でもこっそり腐ってるんですかね?」

まだ首をひねっている田辺さんが、教授に問いかけた。
教授はそれをさらっと躱した。

「さあな。趣味っていうのは所詮自己満足だよ。そこに他者
を入れるかどうかは、個々人の選択さ。私たちがとやかく詮
索することじゃない」

「うーん……」

「君だって、私の趣味は知らんだろ?」

「えー? 先生に呑む以外の趣味があるんですかあ?」

ぴきぴきぴきっ!
額に青筋を浮かべた教授は、厳かな声で学生に宣告した。

「田辺くん。次のゼミ。覚悟しとけよ」

「ぎょえええええっ!?」

藪蛇っすね。御愁傷様です。はいー。


           -=*=-


最後が与太っぽく終わってしまったけど、大学で俺が聞き取
れたことはとても重要なことばかりだった。

大学では短期間ながらカレシがいたということ。
それが、決してラブラブなものではなかったということ。
高校時代の趣味の世界を、大学にまでは持ち込んでいなさそ
うだということ。
そして、女子比率が極めて低い理工系の大学でも、彼女の地
味さが全く変わっていないということ。

ちやほやもされていなければ、疎外もされていない。
それは単に容姿や性格が地味というだけでなく、態度がとて
も乾いているからだろう。

引っ込み思案の人にありがちな、好悪の感情が言葉ではなく
表情や態度に滲み出てしまうという難点。
それが、彼女にはないと見た。

だから今勤めている会社でも、かつて在籍していた大学でも、
誰からも好意や敵意を示されることがない。
誰かが彼女に対して一方的に好意を寄せたり敵意を抱いたり
するきっかけが、生まれようがないんだ。

ただそれは同時に、彼女の深刻なぼっち体質が全く変化して
いないことを意味している。
いや、変化していないじゃないね。悪化してるんだ。

学生時代は、いやでも他者と関わらざるを得ない。
でも彼女を取り囲んでいる人物群が極端に限定されている今、
他者との交流が極端に細ってしまってる。
実質、親や伯母さんとの間にしかパイプが通っていない。

就職してまじめに働いているといっても、実質はぼっちのひっ
きーなんだよな。
こもる場所が、家と職場の二か所になっているだけ。

いくら対人関係の調整が苦手だと言っても、そこまで自分を
蛸壺に追い込んでしまうと、外からのアクセスに過剰反応を
示すようになる。
だから親や警察が、彼女の被害妄想じゃないのかと疑うのも
無理はないんだよね。

でも。
でも、だ。

高校の時に一度緩んだ極端な自己保身の姿勢が、大学で復活
してそのまま今に至ってる。いや、それがひどくなってる。
当然、そうなるきっかけがあったはずなんだよね。

大学から先のぶれはほとんどない。
ずっと見ている永井さんも、そういう性格なんだという前提
て俺に説明をしたし、外見的にはそれで固定してるというこ
となんだろう。

大学時代から先、現在に至るまでは大きなアクシデントや破
綻がないとすれば。
永井さんの視点が麻矢さん個人に落ちにくい高校の時に、何
か浮上と沈下をもたらすきっかけがあったと思わざるを得な
いんだ。

俺に依頼してきた永井さん自身が、自分で気付いてるかどう
か分からないけど、それを暗に匂わせてる。

『女子校にはいろいろございます。それは必ずしも喜ばしい
ことばかりではありません』

そう。
俺は、どうしてもそこにしかトラブルの起点が思い浮かばな
かったんだよな。




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I Am The Unknown by The Aliens