$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第二話 アンノウン


(7)


翌日、彼女の履歴を少し遡って、彼女が在籍していた大学の
指導教官を訪ねた。

義務教育である小中学校の先生には、生徒に読み書きや計算
を教えるという以外にも、社会生活に必要な倫理観や規律を
指導する役目がある。
義務教育ほどではないにせよ、高校でも人間教育を放棄して
はいない。永井校長の姿勢を見れば、よく分かるよね?

だが、大学は違う。
大学になると、学生が十分な自主性、社会性、人間性を満た
していることは、当然の資質であるとみなす。
大学生にもなって手取り足取りの指導を期待する幼稚園児み
たいなやつは、そもそも論外なんだよ。

誰でも入れるアホ大学ならともかく、見附さんが学んでいた
レベルの大学の場合、自分のことは自分で始末を付けろとい
う原則は徹底されている。

だからそういう大学の先生って、学生に対する姿勢が概して
ドライなんだよね。
その分、調査もビジネスライクに出来る。

卒業後にOBが大学関係者に連絡を取ることは、その講座の
先生や在学生とよほど昵懇にならない限りはない。
当然、その逆方向のアクションもまず起こらないだろう。
大学経由で、俺の訪問が彼女に漏れる心配はしなくていいっ
てことだ。

なので。
俺は教授に彼女が今遭遇しているトラブルをダイレクトに説
明し、対策が必要なので在籍時に他学生との間でトラブルが
なかったかどうかを確認したいと、直球で行った。

初老の実直そうな教授は、俺の突っ込みに首を傾げた。

「うーん、見附さんにそういうのが絡みそうな人物がいたと
は、とても思えないんですよね」

「あまり人付き合いが良くないと伺ってますが、そのせいで
すか?」

「はい。課題への取り組みはまじめでしたが、ゼミではお地
蔵さまになってましたし、コンパ等にも顔を出さない子でし
たから」

教授は、彼女の先輩にあたる田辺さんという大学院生を呼ん
で、彼にも聞いてくれた。

「ああ、彼女ね。確かに地味な子でしたけど、カレシはいま
したよ。小川くん」

「えっ!?」

それは、教授にとって初耳だったらしい。俺も仰天した。

「本当ですかっ!?」

「ええ。でも付き合ってたのは、四年の数ヶ月間だけだった
ですけど」

「別れたんですか?」

「結局、互いにしっくりこなかった感じですね」

「別れたのはいつ頃ですか?」

「それぞれの就職が決まった頃じゃないかなあ。小川くんは
地方出身だったので、国に帰って就職。見附さんは、それに
は付いて行かない、遠距離なんか全然無理ーって感じで」

「なるほど。どろどろにもつれて別れたわけじゃないんだ」

「最初から、おいおいってくらい二人とも乾いてましたよ。
そこが良くて、そこが限界だったんじゃないかなあ。だから
先生も気付かなかったんじゃないかと」

「まあ……な。でも、そういうプライベートは指導範囲外さ。
私があえて突っ込むようなことじゃないよ」

教授は、ふうっと溜息をこぼしてから俺に向き直った。

「同じ時空間を共有していても、知らないことはいっぱいあ
りますね」

「本当にそうですね。今まさに、それで苦労してるんです」

「は?」

「見附さんにしか分からない事実がいっぱいあるんです。で
も見附さんは、そういうのを近しい人にすら出さないんです
よ。彼女にはアンノウンの部分があまりに多過ぎるんです」

「ああ、なるほど」

「隠してると言うより、自己表現するのが苦手なんだと思い
ますけどね。でも、私どもの方でストーキング対策を立てる
なら、事実関係の確認がどうしても必要なんです」

「そうか。それで……」

「はい。遠回りなんですけど、こうして調査をして、本人か
ら聞き出す以外の方法で事実を探らないとならないんです」

「あの、なぜ彼女に直接聞けないんですか?」

田辺さんが、直に俺に尋ねた。
俺は、慎重に答える。

「もし巻き込まれているトラブルに本当に心当たりがないの
なら、彼女はご両親や関係者にこれまでの経緯と現状をもっ
と詳しく話すでしょう。でも彼女は、『付けられているとい
う事実』しか訴えないんです」

「あ……」

「それは、彼女に『言えない理由』があるから。それを明ら
かにするために心を無理にこじ開けようとすると、彼女しか
知らない事実は永遠に隠されてしまう。違いますか?」

「ああ、確かにそうだね」

机の上に置かれたでかいディスプレイ。
教授は、そこに映っていた表のセルを一つ、指差した。

「結果の数値があって、それを導くための数式が決まってい
る。それなら、結果から逆算すれば初期値が分かる」

「はい」

「だが、式だけあってもどうにもならないんだ。初期値か、
結果の数値か、どちらかが分からないとね。そういうことで
しょう?」

さすが、大学の先生だな。
俺のイメージしていることにぴったり合う。

「まさにそうです。で、結果の数値がまだ出ていない以上、
私は全力で初期値を探すしかないんですよ」

「もっともだ。この後どうされるんですか?」

「もう一つ遡ります」

「というと、高校だな」

「はい。そして、おそらくそこにカギがあるんじゃないかな
あと」

「ほう、どうしてだい?」

「積極性の極めて乏しい見附さんが、そこでだけ何かに熱中
した時間を持ってたから、です」

「カレシ系ですか?」

「いえ、それはありえません。見附さんの伯母様が校長を務
められている名門女子高は規律がとても厳しくて、男女交際
が禁止されているんですよ」

「うーん、そうかあ」

「じゃあ、部活、か」

「はい。彼女は漫研にいたそうです」