$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第一話 アッパーリミット


(8)


「釣れた釣れた! 大漁だー!」

俺は、新聞の三面にでかでかと載ったニュースを満面の笑み
で見回していた。

ゼラチンシート以外は、特殊なことをしたわけではない。
聖ルテアの学生さんは、必ず電車の5両目か6両目に乗って
くれ。
永井さんを通して、学生にそう指示を出した。

そして、その車両にはあらかじめ学校の男性教師と私服警官
が大勢乗り込んで要所を押さえてあった。
車内はいつも以上に聖ルテアの学生でいっぱいになっていて、
後から乗車する人は入り口付近にしか居られない。
犯人はそこでしか犯行に及べないんだ。

加害者の特定が楽で、友達、先生、警官がすぐ近くにいる。
サポーターが揃ってる安心感があって、学生は痴漢行為をし
でかしたやつをすぐに指摘した。
各駅で待ち構えている鉄警の警察官は、駅に着くたびに突き
出される痴漢を次々検挙するだけでいい。

痴漢が女の子に手を出した証拠が、ゼラチンシート上の指紋
として残っているから、絶対に言い逃れは出来ない。
会社員やら、大学生やら、中には坊さんまで。
闇サイトの扇動に引っかかった大勢のバカどもが、社会的な
信用失墜という高い代償を払うはめになった。

あまりセンスは良くないがゴキホイと名付けられた作戦によっ
て、一週間に検挙された痴漢の総数は三十人以上。
まさに異常事態だよね。

マスコミにも大々的に取り上げられ、鉄道の運営会社も被害
の再発を防ぐ抜本的な取り組みをすると公言せざるを得なく
なった。

そして、作戦を指揮した江畑さんは大いに株を上げた。
だが……。

一週間の作戦終了後数日して、四人の男が電車内での強制わ
いせつ現行犯で逮捕された。
実は、そっちの方がもっと大手柄だったんだ。

プロである痴漢常習犯どもは、ど素人の大量検挙で警察が作
戦を終了したと思ったんだろう。
つまり、その直後には警察や車掌の警戒が緩み、盲点が出来
ると考えて動き出した。

痴漢に間違われたくないがためにその時間帯の男性乗客がが
た減りし、ラッシュの混雑率が大幅に低下した車内で、堂々
とターゲットの女の子を落としに行ったんだ。

あほか。
そこまで含めてトラップさ。

永井先生の丁寧な聞き取りで、連中のターゲットになってい
た子は特定されていた。その子の近くには数人の私服警官が
張り込んでいて、男たちの挙動を注視していたんだ。

嫌がる女の子が場所を変えるたびに、四人で囲い込むように
して痴漢に及ぼうとする様子は、全部記録されていて。
最後に、四人同時に取り押さえられた。
そいつらには性犯罪の前科もたんまりあるし、当分娑婆には
出て来れんだろう。

やれやれ、だ。


           -=*=-


「中村さん、この度は本当にお世話になりました」

「私は何もしていませんよ。お手柄は警察です」

「いえいえ、その警察に話を通してくださったおかげで、と
ても助かりました」

永井さんが、俺に向かって深々と頭を下げた。

「そうですね……今回のことが幸運だったのか、不幸だった
のか、私にはまだ分からないですけどね」

「え?」

俺が突然変なことを言い出したので、永井さんが絶句した。

「今回の作戦は、痴漢を捕まえることが主目的というわけで
は必ずしもないんですよ」

「あの……どういうことでしょう?」

「今回の件では、マスコミに被害実態と犯罪者摘発の様子を
大きく報じてもらえました。さらに、今後は学校、鉄道会社、
警察が連携して機敏に対応し、痴漢犯罪は絶対に許さないと
いう強い姿勢をマスコミを通してアピールしました」

「はい。そうですね」

「それによって、電車の中には大勢の監視の目が作られるこ
とになります。犯行を誰かに見られているかも知れないと感
じれば、興味本位の模倣犯は発生しにくくなりますよね?」

「ええ」

「それに、マスコミの前で大口を叩いたわけですから、関係
者がもう終わったことだって放置出来ないんです。被害再発
を防ぐための連携協議と対応策作りが進みます。そういう枠
組み作りも今回の成果なんです」

「ええ。それは、本当に助かります」

「でもね、そういう枠組みが出来ると、その下に新たな被害
が潜ってしまうんです」

「……」

「私たちはこれだけ防止対策を盛った、頑張った。そういう
アピールがただの掛け声倒れで終わってしまうと、最初より
もっと悪い」

「もっと悪い……ですか?」

「ええ。それでも被害を受けるのは、防犯意識が甘いから。
そんな風に、被害が被害者の責任に転嫁されてしまうんです
よ」

「あ!」

永井さんの顔色がさっと変わった。

「痴漢に限らず、性犯罪が起こるのは女性側に隙があって自
衛意識が低いからで、女性側にも責任がある。そういう偏っ
た見方が、警察にも行政にもまだ潜んでるんですよ。それが
根本から変わらない限り……」

ふう……。

「いつでも、今回のような騒動は起こりうるんです」

「なるほど。それが、不幸……ですね」

「ええ。私は、独立する前に勤めていた調査会社で、未成年
者の家出人捜索をいっぱい手がけました」

「……」

「家出はね、二種類あるんですよ」

「どんな?」

「家出する、と。させられる、です」

「!!」

血相を変えた永井さんが、さっと立ち上がった。

「あ、ああ……」

「まだ未熟な子供の意思や判断力の弱さに付け込む連中が、
世の中にはうようよしているんです。今回のケースもそうで
した」

「……」

「それは、あなたたち用心しなさいねという啓蒙だけでは防
ぎ切れないんです」

「そうか。そうですね」

「はい。ですから、永井先生がされているような丁寧な面談
はとても大事です。そこでのSOSを、決して見逃さない。
それが……不幸と幸運の分岐点になるかなあと」

「よく分かりました。肝に銘じたいと思います」

「いえいえ、永井先生の真摯な姿勢が変わらない限り、私の
杞憂で終わるでしょう。でも、どこか頭の片隅にでも置いと
いていただければ」

「はい!」



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何かを防ぐ。予防する。
口にするのは簡単だが、そのために出来ることには上限値が
あるんだ。
どんなに努力したところで、全てを防ぐことは出来ない。
それならば、上限があるということを嫌というほど意識する
しかない。

だから、永井先生にはこれで解決したとは考えて欲しくなかっ
たんだ。
常に被害は発生しうる。それを極力減らすためには、被害が
軽微なうちに検知出来るよう、アンテナの感度を上げるしか
ないんだよ。

……上限ぎりぎりまで、ね。


《第一話 アッパーリミット 了》





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