$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第一話 アッパーリミット


(6)


俺が、広げたノートに書き出した作戦。
目をまん丸にしてそれを見ていた永井さんだったけど。
そうか、を何度も連発して、俺の意図を汲んでくれた。

今回の件。
被害抑止のために足りなかったのは学生の自衛でも、学校の
対策でも、警察の捜査能力でもない。
ただ単に、関係者間の意思、情報の共有と連携が不十分だっ
ただけ。
それさえきちんと認識してもらえれば、決して難しい案件で
はないんだよ。

粗々の打ち合わせが終わったところで、永井さんに聞いてみ
る。

「ああ、永井さん」

「はい?」

「私のことは、どこでお知りになりましたか?」

今回の件は間違いなく雅恵ちゃんルートだろうけど、校長と
雅恵ちゃんがどういうやり取りをしたのかを知っておきたかっ
たんだ。場合によってはアフターフォローが要るからね。

永井さんは、微笑を浮かべながら答えた。

「先日、宇佐美さんという生徒さんと面談する機会がござい
ました。宇佐美さんはご両親と離れてお祖父様のところに下
宿なさっているので、面談にお祖父様の同席をお願いしたん
ですよ」

「ほう。校長先生御自ら面談をなさるんですか?」

「全生徒と、年に一度は面談の機会を作ります。名目はいろ
いろですけどね」

「うーん、すごいですね」

「女子校にはいろいろございます。それは必ずしも喜ばしい
ことばかりではありません。実際に生徒と顔を合わせてしっ
かり話をしないと見えてこないことが、多々あるんですよ」

「今回のこともそうですか?」

「そうです。生徒さんにとって、痴漢に遭うというのは恥ず
かしいこと。なかなか友達や先生には訴えられないでしょう
から」

「そうですよね……」

悩みが我慢の限界を……アッパーリミットを突き抜けてしま
うと、学校に行くことが苦痛になってしまう。
それが人生を暗転させてしまいかねない。

校長先生が先頭に立って、それを防ぐためのセーフティネッ
トになってくれるというのは素晴らしいね。
さすが、名門校だ。

「その面談の合間の雑談で先ほどの痴漢の話をさせていただ
いたんですが、お祖父様がとても立腹されまして」

まあ、そうだろうな。
あのじいちゃんのことだ。
もし雅恵ちゃんがそんな目に遭ったら、電車に日本刀持ち込
んで痴漢を袈裟斬りしかねない。

「警察があてにならないなら適任の男がいると、中村さんの
お名前を伺いました」

おわっ! 雅恵ちゃんじゃなくて、じいちゃんの方が発信源
だったのか! あたたたた……。

「あーあ、若造のくせにものすごく生意気なへぼ探偵がいるっ
て言ってたでしょう?」

「ほほほほほ。でも、とてもしっかりした方だと褒めていらっ
しゃいましたよ?」

「まだまだですよー。一人で出来ることには限界があります
から」

「どなたかと組んで仕事されないんですか?」

「私にもう少し経験と調査実績が備われば、誰かに一緒にや
ろうと声をかけることが出来ると思うんですけどね。まだ駆
け出しもいいとこですから。それに……」

「ええ」

「私一人なら、失敗しても自分で責任が取れるんです。でも、
自分の責任を相棒に押し付けることも、人のヘマを被ること
も出来ないです。それには……覚悟が要りますので」

「そうですね。そういうのは、結婚みたいなものなのかもし
れませんね」

「ははは。そうですね。結婚かあ……私はまだまだ先ですね。
今はまだフリーターとそれほど変わらない生活ですから」

俺の自虐ネタへのリアクションに困った永井さんは、ごほん
ごほんと咳払いをしてごまかした。

さて、と。

「まず、警察との打ち合わせが必要ですね。これまでは鉄警
とお近くの署の生活安全課か地域課の方が窓口だったんじゃ
ないですか?」

「はい、そうです」

「それでは埒があかないです。私の方で、ちょっと別ルート
を当たってみます。その段取り次第で作戦が変わるので、明
日改めてご連絡させてください」

「分かりました。助かります」

「私の方で段取りを進めている間に、生徒さんと先生の組織
化をお願いします。それと、作戦を絶対に外に漏らさないよ
うにしてくださいね!」

俺が強い口調で念を押したことにびびっていた永井さんだけ
ど、覚悟を決めたように頷いた。

「分かりました!」

「くそったれな連中に天誅を下しましょう!」

にっ!

笑みを浮かべた永井さんは、俺のあおりに気を良くして勢い
良く椅子から立ち上がった。

「お手数をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたしま
す」

「分かりました。再度打ち合わせが必要になりますので、そ
の時にはご面倒でもこちらに出向いていただけますか?」

「ええ。それでは、ご連絡をお待ちしています」

「はい!」




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