$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第一話 アッパーリミット


(4)


黙り込んでしまった永井さん。
本当に俺に相談を持ちかけてもいいものか、迷いが出たんだ
ろう。

確かに、安定した生活を送るためには依頼がいっぱいあった
方がいいのは確かさ。
でも、だからって何でも引き受けますとは言えないんだよ。
俺は、最初に釘を刺した。

「ええと、永井さん」

「はい」

「うちは私一人でやってる貧乏探偵事務所ですけど、人の靴
の裏を舐めてまで仕事させてくださいと言うつもりはないん
です」

「……」

「私は独立するまで、沖竹エージェンシーという調査会社に
四年ほど在籍していました。そこを首になったから独立した
んじゃない。沖竹で出来ない方法で調査をやりたいというポ
ジティブな理由で、辞めて独立したんですよ」

「そうですか」

「でもね。調査業で守らなければならない原則は、組織でも
個人であっても同じです。そこは、沖竹と何も変わらないん
です」

俺は一本一本指を折っていく。

「依頼人と調査内容に関する守秘義務の遵守。法に触れる恐
れがあったり、調査員の身辺に危険が及びかねない依頼の拒
否。そして……」

「当所が定めている調査範囲を逸脱する依頼の拒否」

じっと永井さんの目を見つめる。

「うちがいかに弱小であっても、その原則は曲げません」

すうっと顔を伏せた永井さんが、細くふうっと溜息をついた。

「やっぱり……ですか」

「そりゃそうですよ。調査業は慈善事業ではありません。永
井さんが校長としてお給料を受け取っておられるのと同じ。
れっきとした仕事ですから」

「ええ」

「大手の興信所さんで断られた。違いますか?」

ゆっくり顔を上げた永井さんが、苦笑しながら頷いた。

「はい。そうなんですよ。今、中村さんがおっしゃられた沖
竹さんにもご相談させていただいたんですけど、それはうち
では無理だと言われて」

やっぱりか……。

「沖竹では、何かサジェスチョンをくれませんでしたか?」

「警察に相談しろ。それだけでした」

なるほど……そっち系ね。

「もし、差し支えなければ、お話を聞かせていただけません
か? 私が直接動けなくても、何か解決に繋がるヒントを差
し上げられるかもしれませんので」

「ありがとうございます」

永井さんは、その後しばらく沈黙を守った。
口に出したが最後、それがどのような影響を及ぼすか分から
ない。
どうしようか……どうしようか……そんな風に。
でも、問題がかなり切迫していて、深刻なんだろう。

決心を固めた永井さんが、慎重に言葉を選ぶようにして、事
情を説明し始めた。


           -=*=-


「実は……」

「はい」

「当校に通学する生徒のうち、電車通学の生徒がかなりひど
い痴漢の被害を受け続けているんです」

ふむ。痴漢……か。

「特定の生徒さんですか?」

「いいえ」

「えっ!?」

思わず声が出てしまった。

「それは珍しいですね」

「ええ。私も信じられなかったんですが、被害を受けている
生徒ののべ人数がもう、三桁に乗りそうなんです」

「……。警察は?」

「何度も相談させていただいているんですが、通学時間帯は
ラッシュが激しくて、そもそも周囲に誰がいるかが生徒に特
定出来ないことが多いんです。私服の婦人警官さんに張り込
んでもらったり、警察でも対応してくれてるんですが……」

「被害者が多い上に、加害の直接証拠を確保するのが難しく
て、犯人を特定出来ない……か」

「そうなんです」

「電車には、他校の学生さんとかは?」

「います。でも、その子たちにも被害が出ているかどうかは、
私どもでは確認いたしかねるので……」

「うーん……そうか。で、沖竹とかに、犯人を特定してくれ
ないかと依頼したわけですね?」

「はい。でも、それは我々の仕事ではなく、警察の仕事だと」

「そうですね。模範解答です。たぶん、私が所長でもそう言
うでしょう」

「先ほどおっしゃられた、調査範囲の逸脱に当たる、という
ことですか?」

「いいえ、違います」

「えっ!?」

永井さんが、目を見開いてびっくりしてる。

「あのね、永井さん。私たちには警察と違って捜査権がない。
私たちは警察業務の代行は出来ないんですよ」

「それは分かりますけど……」

「で、ですね。もしわたしが張り込んで決定的な瞬間を捉え
たとします」

「はい」

「こいつが痴漢だ! と誰かの手を掴んで持ち上げて、もし
それが間違いだったとしたら。その咎はどこに行きますか?」

「あ……」

「それが真実でないと分かった途端に、私は正義の味方から
犯罪者に転落してしまうんですよ」

「そ……うか」




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Love No Limit by Ernie Halter