$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々3  第一話 アッパーリミット


(2)


「正平さん。本当にこれ、いいんすか?」

「全くだよなあ……」

俺と正平さんは、腕組みしたまま、事務所の中に据えられた
ほとんど新品のスチールラックを見上げていた。
俺の目には、どこをどうやってもゴミには見えないんだけど
なあ。正平さんも全く同じ心境らしい。

でも間違いなく、事務所移転で出た粗大ゴミなのだそうだ。

てか、今事務所内にある什器や事務機器に、俺は一銭たりと
もカネを払っていない。
全てゴミ。粗大ゴミ。

それが見るからにおんぼろなら、まあそうだろなと思うけど
さ。どれもぴっかぴかなんだよね。

「どういうことなんすかねえ」

「俺にはまるっきり理解出来ないんだが……」

正平さんが苦り切って解説してくれた理屈は、俺にも全く理
解出来なかった。

「中村さんみたいに、独立して仕事しようってやつが結構い
るわけだ」

「ええ」

「そいつら自己資金もない癖して、銀行から借りたカネでこ
ういうのを買い揃えるんだとさ」

「……」

「で、ちょい売り上げが上がって店舗や事務所が手狭になる
と、什器をさっさと処分しちまうんだとよ」

「ええー!? こんなぴかぴかなのに、ですかあ!?」

「そう。新しい事務所や店舗はもっとおしゃれに、客に見栄
えするようにってことなんだろ」

「げえー……もったいねー」

「それが本当に儲けの中から出るならいいけどよ。そいつも
結局借金だろ?」

「……」

「この身の程知らずがって、思っちまうけどなあ」

ものをすごく大事にする正平さんには、その根性が気にくわ
ないんだろう。

「でも、中古屋で引き取ってくれるんじゃないんですか?」

「倉庫で眠ってる組み立て前の新古品は売れるんだと。でも、
少しでも手垢が付くと、引き取り手がいないそうだ。組み立
て済みのやつは運ぶのが大変で、保管場所も食うし、扱いが
面倒になるからな」

「うーん……納得出来ーん」

「そうだろ? だから俺はどうしても小言を言いたくなるん
だよ」

わはは!
そうだったなあ。

「もののない時代を生きてきた俺たち世代は、これ以上古い
ともう直せないっていう下っ端(したっぱし)を見る。でも
最近の若い連中は、どこまで手が届くかっていう上っ端(う
わっぱし)ばかりを見るんだよ」

「……」

「それは、なんだかなあと思うがな」

上っ端。上限。アッパーリミット、か。
たぶん、俺には生涯縁のない話だなあ。

まあ、俺にとってはそういうやつがいるからこそのご褒美だ。
しっかり利用させてもらうことにしよう。

外見はおんぼろのプレハブ小屋だけど、中はそれなりに事務
所っぽく仕上がった。それもほとんど無償で。
その分、維持費に回せるカネが増える。前向きに考えよう。

そんなことを思いながら正平さんと立ち話をしていたら、俺
の携帯が鳴った。

「あ、正平さん、済みません」

「おう、依頼だといいな」

「ははは」

苦笑いした俺を置いて、正平さんががたぴし扉を鳴らして事
務所を出ると、のったり母家に帰っていった。

「はい、中村探偵事務所です」

「所長の中村操さんでしょうか?」

所長って言っても、俺しかいないからなあ。

「そうですが」

中年の女性の声だ。なんだろう?
正平さんの筋じゃなさそうだな。はて?

「わたくし、聖ルテア女子高の校長を務めております、永井
房子と申します」

ざああああっ!
全身から血の気が引いた。
雅恵ちゃんに、宣伝してって気軽に頼んじゃったけど、それ
がかえってあだになった? 学校でクレーム付いた?

「あの……ご用件は?」

「ちょっと込み入ったご相談がありまして。そちらにお伺い
してもよろしいでしょうか?」

ほっ。
俺をどこかに呼びつけるわけじゃないらしい。
それなら、多分クレームじゃないな。

茶飲みがてらで事務所に上がるじいちゃんばあちゃんはいた
けど、それ以外に依頼者が来たことはない。
緊張するなあ……。

「お待ちしております。事務所の場所は分かりますか?」

「教えていただきましたので、分かります」

そうか。やっぱり雅恵ちゃんのルートだな。
でも、なんで校長が? うーん……。

「お時間は?」

「私の仕事が上がってからになるので夜に伺いたいのですが、
宜しいでしょうか?」

その口調に、横柄なトーンは混じっていなかった。
校長というポジションに相応しい、品格を備えた婦人なのだ
ろう。

探偵業なんていうヤクザな商売は、九時五時じゃあ全然こな
せない。依頼人が来れるという時間に都合を合わせるのは、
基本中の基本だ。

「構いません。そちらを発たれる時に、改めてお電話を頂戴
出来ますか? 事務所で待機いたしますので」

「助かります。それでは、よろしくお願いいたします」




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The Sky's the Limit by Nik Kershaw

 声が錆びませんねえ……いいなあ。