《ショートショート 0779》


『ポリゴン』


俺が指先で弄んでいたものを目ざとく見つけたコバが、ばた
ばたと足音を立ててすっ飛んできた。

「チーフ、それ、なんすか?」

ちっ。見つかったか。
コバのやつ、ちっとも製図に集中せんと気ぃ散らしてばかり。
今度、がっつりどやさんとな。

「おい、コバ。それより、パース引けたのか?」

「まだっす」

つらっと言うな。

「納期までそんなに時間ないんだから、ちゃっちゃっとやっ
てくれ」

「へーい。で、それは?」

「ああ、おもちゃだよ」

「へ? ワイヤーワークすか?」

「ポリゴンさ」

「?? 何の、すか?」

「こいつだよ」

俺が書いたラフを覗き込んだコバが、変顔のまま何度か首を
傾げた。



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「ええと、それって?」

「だから、おもちゃだって」

「おもちゃのラフには見えないすけど?」

「実現しないものだからおもちゃさ」

「……」

ラフを凝視していたコバが、あっと小さい声を上げた。

「もしかして」

「うん?」

「例の、アレすか?」

「まあな」

「でも、あの中学校の体育館は、味も素っ気もないデザイン
したよね?」

「しゃあないだろ。設計込みの予算で、部材に凝れば設計は
割りを食う」

「……」

「本校舎の方もオーソドックな作りで、もう出来上がってる。
予算執行の関係で後回しになった体育館だ。トータルデザイ
ンはもういじれないのさ」

「にしては、ずいぶん奇抜っすね? 通ったのは、ごくごく
普通のかまぼこ屋根でしょ?」

「そう。こっちは当て馬だよ」

「……」

「それでもな。弱小設計事務所だから、クソみたいなデザイ
ンしか出来んと見られるのは嫌なんだよ」

「でも、それはもう使われないんすよね?」

「使われんよ。だからおもちゃだと言ったろ?」

「ええ。それなのに、ラフからポリゴン起こす必要あるんす
か? 強度計算のためっすよね?」

「強度計算はするよ」

「ええーっ!?」

何でそんな無駄なことを。
コバが引きつった顔で、俺をじろじろ見下ろした。
おまえのぐだぐだな仕事の方が、よっぽど無駄なんだがな。



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俺は手にしていた、粗末なワイヤーフレームを机の上にぽん
と放った。

かしゃっ。

「ポリゴンてのは、構造物の表面構造を点と線で近似するも
の。そうだろ?」

「ええ」

「じゃあ、ラフからポリゴンになる間に、何が増えて、何が
減る?」

「……」

「それが分からんようじゃ、おまえは使えん。冗談抜きにク
ビにすっからな」

「ひええ!」

青くなったコバが、自分のデザインデスクにばたばた駆け戻っ
て行った。

あいつは、ポリゴンにすれば減るだけだと思ってるんだろ。
それじゃあ、論外だ。

「強度計算は要るんだよ」

俺は小声で復唱しながら、ラフに目をやる。

そう。
夢ってのは。
諦めたら何も形が残らないんだよ。

現実で磨耗しないくらい強靭でないと……何も……何一つ残
らないのさ。





Don't Dream It's Over by Diana Krall