《ショートショート 0778》


『全体像』 (花のない花 10)


一人の神が百人の民を救うのは容易いだろう。
もし神が本当は神でなくとも。

百人の神が一人の民を救うのは難しいだろう。
民がもっとも優れた神を選ぼうとして、神々の間で争いが起
こるから。

一人の神が一人の民を救うのは不可能だ。
その民にとっては、神が神ではなくなるから。

百人の神が百人の民を救えるかどうかは定かでない。
誰が神で誰が民かが、誰にも分からなくなるから。

神にとってすら。



kna1
(ハカワラタケ?)



「なあ、ブライアン。今回の件、一体何がどうなってるんだ?
俺にはちっとも全体像が見えないんだが」

「おいおい、ロブ。そいつを取材で調べるのがおまえの仕事
だろうが。カメラマンの俺に余計なことを聞くなよ」

そうは言ったものの、残念ながらロブの頭脳構造は記者には
ちっとも向いていない。だからこそ、デスクは本来必要のな
い俺を一緒に行かせたんだろう。
ちっ。余計な仕事を押し付けやがって。

もっとも、俺のカメラの腕前じゃフリーでやるのは到底無理
だ。ライティング込みでやっと一人前と見られてるんだろう。

そして、ロブをこき下ろしたものの、正直今回の事件は俺に
も理解出来ない代物だった。

事件の発端はささいなトラブル。
田舎町の住人同士の言い争いからだ。
それが瞬く間に町全体を二分するトラブルに膨れ上がり、流
血の事態が起こった。

ギャング同士の代理戦争とか、昔から仲が悪い者同士のいが
み合いとか、明らかな因縁が背景にあるなら珍しくもなんと
もない。
地方紙の俺らですら、記事に起こすのがばかばかしい暇ネタ
以前だ。

だがトラブル解決のために現地に赴いた警察関係者が一様に
首を傾げ、事態の収拾に苦慮している。
二分されている連中に共通する特定の人種、思想、信条が何
も見られなかったからだ。

元々不法移民がやたらに多い町で、人種や宗教は複雑に入り
組んでいる。
連中の民族感情や利害関係によっていくつかのコミュニティ
が並立し、それらが合従連衡を繰り返してるというならまだ
分かるんだ。

でも、今回の衝突にはそういう合理的な理由がない。
既知のあらゆるカテゴリーを超越した形で、Aという集団と
Bという集団に割れてしまっているからだ。

もう一つ奇妙なことがある。

騒動の発端となった二人の人物は、トラブルメーカーなんか
じゃない。逆だ。
極めて善良で、この町の住人たちからおしなべて尊敬され、
愛されている。
それなのに、なぜ彼らが衝突の起点になりうるんだ?

俺たちは、取材なんか一、二日で済むとたかをくくっていた
が、事態は予想以上に複雑かつ深刻だったんだ。
宿泊したホテルすら二派のどちらかに属していて、客の俺た
ちまで色分けされていたからな。

極端な二極化の影響は、トラブルを収束させるために乗り込
んだ警察関係者の間にまで蔓延し始めていて、俺は強い恐怖
を覚えた。

さらに、俺とロブの間にすらそういう不穏な空気が漂い始め
たんだ。
取材を続けているうちに、物事を適当に放り出すいい加減な
ロブがやたらに細かいことで俺に噛み付くようになった。
いつもはそれを右から左に聞き流す俺も、ロブの言い様に訳
もなく苛立つようになってしまった。

そうか。なるほど、そういうことだったのか。

俺はさっさと宿をチェックアウトし、まだ取材が足らないと
ごねるロブを引きずるようにして車に押し込み、急いでその
町を離れた。

社に戻った俺は、デスクにこう報告した。

「あんなの、記事にする価値なんざありませんよ」

「そうなのか?」

「ええ、訳のわからない騒動はすぐに収まりますよ」

『収まる』じゃない。あの町は間違いなく破綻する。
だが、俺たちはそれに巻き込まれるわけに行かないんだよ。

いくら報道が仕事とは言え、馬鹿げたことに己の命を懸ける
わけには行かないし、実情を報じたところで誰も理解出来な
いだろう。

……あの場にいない限りな。



kna2
(コウヤクタケの一種?)



俺が危惧していた通り、騒動は大掛かりな暴動にまで膨れ上
がった。
真っ二つに割れた町の住人たちは、後から加わった警察関係
者まで巻き込んで壮絶な銃撃戦をやらかし、大勢の死傷者を
出した。

そして、騒動の起点となった二人の善人が死亡したことで、
事態は終息に向かった。

二人は二派の先頭に立っていたわけではない。逆に、なぜそ
んな騒動に膨れ上がってしまったのかが皆目分からず、慄然
としていたに違いない。
善意で暴徒を説得しようとして、逆にあっさり殺されてしまっ
た。

その死が連中の呪縛を解いたかのように。
住民間の鋭い敵対感情は霧散し、暴徒は跡形もなく散った。

「……」

俺は、複雑な思いで今回の騒動を振り返る。

あの町は、確たる帰属先を持てない流浪者の集合体だった。
人種や宗教で大まかなくくりが出来ないくらい、集団の単位
が小さかったんだ。

国家でも民族でも宗教でも、なんでもいい。
どこかに強固な拠り所がないと、俺らは自我を保てなくなる。
ものすごくばかばかしいと思うんだが、事実としてそうなん
だよ。
そして集団の単位が小さくなるほど、帰属できる対象がなく
なってしまうんだ。外様であるがゆえに、ね。

生活や境遇、将来展望。
誰もが全体像を把握出来ない漠然とした不安と不満を抱えて
いた。
彼らがどこかに帰属して自分を安定させるためには、具体的
な『神』が必要だったんだ。
姿の見えない神ではなく、そこにいる確固たる神、パーソナ
ル・ジーザスがな。

そいつが一人だけなら、教祖様が出来るだけの話さ。
そういう特殊な宗教と、教祖の周囲にしか存在し得ない変て
こなコミュニティは山のようにある。

だが、あの町には神が二人出来てしまった。
さらにその二人が衝突することで、二人が神と悪魔とに分か
れてしまったんだよ。

誰だって、悪魔になんか帰属したくない。
そうしたら、悪魔を追い払って神を護るしかないだろ?

神と見なされた二人がどちらもただの人だったことで、悲劇
が拡大してしまった。
もし、どちらかが本当に神か悪魔の資質を持っていたなら、
二人の衝突がすぐにどちらかの勝利で終わり、そいつが町を
統治したんだろう。

……どこでも見られるようにね。

俺たちは、神の視点で世界全体を見回すことなんか出来ないっ
て思ってる。目の前にあるものしか見えないよって。
だからこそ目の前以上のものを、全体像を見ようとして、そ
れが出来る神を探すのを止めないんだ。

そうしたら……。

「神を失った連中は、また次の神を……探すんだろうなあ」





Dear God by Sarah McLachlan

 XTCのカバーですね。