《ショートショート 0770》


『名残』 (花のない花 5)


尾てい骨っていうのは、むかーし人間にもぶら下がってた尻
尾の名残だ。
そんな名残なんて要らないって文句言ったところで、取っ払
うことは出来ないんだ。しょうがないよな。

尾てい骨だけじゃない。虫垂だって、体毛だってそうさ。
そんなの、今となっては何の意味もない。

かつてそうであったという名残は、それに意味がないから名
残なんであって、意味があると本当に面倒なことになってし
まう。

俺は、憂鬱な気分で小汚いビルのドアを押し開けた。


           -=*=-


先客がいた。
そいつが、俺に声を掛けてきた。

「よう、ウルフ」

「お! エトー、もう来てたのか」

「めんどくせえが、しょうがねえからな」

「全くだ」

とある場末の美容整形医院。
その待合室の古ぼけたベンチに並んで座っている俺たちは、
不機嫌そのものだった。

俺たちがこれから受ける施術は、脱毛だ。

そうさ。俺たちは異様に毛深いんだよ。



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(ウスバタケ?)



「受付の姉ちゃんが代わったな」

「ああ、若くなった。色白のべっぴんさんだ」

「前の黒髪のオバさんはどうしたんだ?」

「姉ちゃんに聞いたら、上階の矯正歯科の受付に移ったらし
いぜ」

「ああ、そうか。実益兼ねてってことだな」

「そうなんだろ」

会話が途切れ、ずっしりと重い沈黙が俺たちの肩を押し下げ
た。

そうさ。
めんどくせえで済むうちは、まだマシなんだよ。

脱毛は、普通は美観を整えるためのもの。
でも、俺たちにとって毛の有無は死活問題に直結する。
定期的に毛を処理しないと、俺たちにはどこにも居場所がな
くなるんだよ。

俺は人狼、エトーはイエティの名残だ。
俺たちは名残でしかないから、オリジナルの性質なんざほと
んど残っていない。

俺は、月を見て狼に変身することも、牙が伸びることも、吠
えることもない。いや、しようとしたって出来やしない。
この忌々しい毛以外は、人間そのものなんだよ。

エトーだってそうさ。あいつは寒いのが大の苦手だ。
体格はむしろ小柄で、非力だ。
ただ、あいつは猛烈に毛深い上に、その毛が白い。
名残が大きい分、悩みは俺以上に深刻だろう。

俺たちは、自分らが間違いなく人間だと思っている。
人間として当然の暮らしが出来ると思っている。
だが、このろくでもない毛という名残が、俺たちの生活を異
様に窮屈にしている。

脱毛を手抜きすれば、俺たちの見かけはすぐに人間の範疇か
ら外れてしまう。
中身がいかに人間のままであっても、だ。

だから俺たちは、乏しい稼ぎの大半を定期的に毛を抜くとい
う非生産的な行為にぶち込まないとならない。
どんなに馬鹿馬鹿しいと思っていてもな。



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(アナタケ?)



「ふうっ……」

先に施術を終えて、毛だらけよりは少しましな姿で戻ってき
たエトーは、ちらちらと受付の姉ちゃんに目を遣った。

俺たちに望まない名残がある以上、伴侶を探すのは至難の技
だ。勢い、俺たちみたいな訳ありばかりがやってくるこの医
院が、その出会いの場になってしまう。

新しくこの医院の受付に来た姉ちゃんは、えらいべっぴんさ
んだが雪女の名残を抱えてる。
透けるような色白で、極端な低体温。それが名残だそうな。

サマースポーツが大好きで、寒いのはむしろ苦手。性格もと
ても明るい。
でも付き合う男たちが、わたしの体温のあまりの低さに恐れ
をなしてみんな逃げてしまうの。彼女はそう嘆いていた。

姉ちゃんの前に受付をしてたオバさんは、バンパイアの名残。
十字架もニンニクも太陽光も平気で、もちろん血なんか吸う
ことはない。肌の露出度も高かった。
でも犬歯が異様に長くて鋭く、それが容貌を歪めていた。

でもオバさんはいいさ。普通のダンナをゲット出来たんだか
ら。俺らはそうはいかない。

俺らは数少ない出会いのチャンスをものにするために、受付
の姉ちゃんにアプローチせざるをえないだろう。
名残でしかないモンスターの形質は、名残を持つもの同士の
カップリングでさらに残りやすくなってしまう。

「なあ……」

ずっと俯いていたエトーが、顔を伏せたまま俺に聞いた。

「いずれ、人間ていう生き物も少数派になる時が来るんだろ
うな」

「ああ。そう思う」

「じゃあ、人間の名残ってのはどこに残るんだろう?」

しばらく考えた俺は、こう答えた。

「帰属願望……そしてそこから来る、異端視……かな」





Words Remain by Josh Garrels