《ショートショート 0767》


『瓦』 (花のない花 2)


屋根に乗ってるたくさんの瓦。
その一枚が割れたところで、すぐに家が傾いたり壊れたりす
ることはねえさ。

瓦ってのは屋根の梁に直接乗せてるわけじゃねえ。
野地板ってのを敷いて、その上に乗せるんだ。
そいつがひどく傷まねえ限りは大したこたあねえ。

でもな。
たった一枚だけだとしても、瓦が割れてりゃあそっから水が
滲みる。
それは、長い間に少しずつ家を傷めてくんだよ。



knp1
(ハカワラタケ)



「トク。おめえ、まだヒデのこと気にしてんのか?」

「……うす」

俺っちのとこで雇ってる若い衆。
そいつら、いろいろだ。

生まじめなやつ。不まじめなやつ。
ひょうきんなやつ。むっすりしてるやつ。
仕事に向いてるやつ。向いてねえやつ。

でもよう、鋸と鉋ぁ持って生まれて来るやつなんざあ誰もい
ねえんだよ。
赤ん坊が最初はおぎゃあとしか言えねえみたいに、誰でも最
初は要領のわりぃど素人さ。

そういうど素人のやる気ぃ出させんのも俺らの腕の見せ所だ。
この馬鹿野郎ってしばいてばかりじゃ、腕のいい職人なんざ
育つわきゃあねえ。

若えのが自分辛抱してるって思ってる以上に、俺らはもっと
辛抱してんだよ。
一人前にすんには時間がかかる。しっかり育てんなら、辛抱、
辛抱。それっきゃねえんだ。

ただ……。それでも。それでもな。
辛抱にも限界ってぇもんがあるんだよ。

ヒデはてんで使いもんにならんかった。
腕の問題じゃねえ。態度が……悪かったんだよ。
大工の仕事ってのは個人技じゃねえ。チームプレーなんだ。
それを何百万回言い聞かせても理解しようとしんかった。

ビルのてっぺんでなくたって、普通の二階建ての家ぇ建てる
にしたって高さはあんだよ。
そこでてめえが勝手に動きゃあ、一緒に仕事してるやつぁみ
んなとばっちりぃ食うんだ。危なっくてしょうがねえ。

職人としての心構えが出来てねえと、技ぁ教えてもちっとも
使えねえんだ。
俺はヒデに……おまえは大工に向いてねえと引導渡すしかな
かったんだよ。

トクはヒデと違って、そこんとこはよーく分かってる。
ただ……二人は仲ぁ良かったんだ。
俺がヒデの首ぃ切ったのが、どうしても許せなかったんだろ
う。


           -=*=-


今ぁ手がけてる家。今日、瓦が屋根に乗った。
もう、外観はすっかり家の形をしてる。
中はまだがらんどうだけどな。

俺らの仕事はピークを越えた。
もう少しすりゃあ、内外装と水周り、電気関係だ。
俺ら以外の業者が入る。

ちょうどいい。
電鋸をかたしてたトクに、ひょいと話を振った。

「トク。おめえ、瓦をどう思う?」

「はあ?」

俺がいきなり変なことを聞いたから、トクが目を白黒させた。

「親方。どういうことっすか?」

「おめえ、あの瓦になりてえと思うか?」

鈍く黒光りしている新品の瓦。
これから長い間、この家を雨風から守ることになる。

「……」

じっと瓦を見上げていたトクは、何度か首を横に振って否定
した。

「俺は……嫌っす」

「どうしてだ?」

「動けないじゃないすか。黙ってそこにいるだけで」

「そうだな。ヒデもそう思ったってことさ」

「あ……」

「それはしゃあねえよ。俺らはこの仕事で飯を食ってる。依
頼された仕事をきちんとこなすなら、瓦にならなきゃなんね
えのさ」

「瓦……すか」

「どれかが割れたり歪んでたりしてたら、そっから傷みが入
るんだよ。それがたった一枚でもな」

俺は、割れが入っていた瓦を一枚手に取った。

「こいつは、屋根に上げる前に傷んでるのが分かってた。だ
から外した」

「うす」

「でも、俺らが大丈夫だと思って乗せたやつの中にも、もし
かしたら傷んでるのがあったかもしれねえ」

「……」

「そいつは……組んじまうとなかなか取り替えらんねえのさ」

トクは、俺が何が言いたいのかがよく分かったんだろう。
ゆっくりと顔を伏せた。

「たった一枚傷んだ瓦があっただけで、家に傷が付く。俺ら
は……そいつだきゃあやっちゃいけねえんだよ」

手にした割れ瓦を道の上に放った。
ぱん! 小気味いい音を立てて、瓦が砕けた。

「だがな」

「うす」

「ヒデは瓦じゃねえ。あいつは瓦は嫌だって言い続けたんだ」

「……」

「そうしたら、瓦じゃねえもんをやるしかねえだろが」

「そ……っすね」

ふう……。
まだうなだれているトクの顔を覗き込む。

「あのな。誰だって、黙ってそこにいるだけの瓦になんざな
りたかねえんだよ」

ぐん!
トクが大きく頷いた。

「あの瓦だって、全部同じじゃねえ。それぞれに個性があん
だよ。それでも、組み合わさって瓦の役をちゃんと果たしゃ
あ、それ以上のことぉしろって誰も言わねえ。そんだけさ」

顔を上げて真新しい瓦屋根を見上げたトクが、俺にぼそっと
聞いた。

「親方は……瓦は嫌じゃないんすか?」

思わず苦笑いしちまった。

「嫌も何も、俺はもう瓦だからよ。今更他のもんにはなれね
えな。ただ……」

「うす」

「鬼瓦にだきゃあなりたくねえ」

「どしてすか?」

「あれは縁起もんだよ。ここもそうだけど、今は瓦葺きでも
鬼瓦がねえ家の方がずっと多い。鬼瓦には、家を雨風から守
る役目はねえんだ」

「そっすね」

「それなのに、一番目立つところで偉っそうにいばってるだ
ろ?」

「……」

「俺だって、人にああせいこうせいって指図したかねえさ。
俺はたくさんある瓦の一つでいんだ。でも……」



knp2



砕けた瓦の破片をぽんと蹴る。

「家ぇ護るためには、鬼になるしかねえこともあんだよ」





Landslide by Bush

 フリートウッドマックのカバーですね。(^^)