《ショートショート 0766》


『大きな椀』 (花のない花 1)


王都の北端。
人通りの極めて少ない寂れた場所に、ぽつんと小さな寺が建っ
ておりました。

その寺は王家とは縁がなく、下級役人の弔いと墓守りが主な
仕事であったため、老僧が一人と小坊主が一人、寺にはそれ
しかおりませんでした。

寂れた寺ですから、決して恵まれた暮らしぶりではありませ
ん。
それなのに、寺の門のすぐ外に一人の乞食が常に居座ってい
て、大きな木椀を前に置いて目を瞑り、黙したまま一日中つ
くねんと座しておりました。

小坊主は、朝晩のお勤めの後で乞食に施しすることを老僧に
命じられていて、それを常々不満に思っておりました。
あいつにあげる食べ物があるなら、ボクにもっといっぱい食
べさせてくれよう、と。
小坊主は、いつも空腹だったのです。



knj1
(クヌギタケ)



そんなある日のこと。
いつものように乞食の前に置かれた木椀に飯を置こうとした
小坊主は、その乞食が目を開けて自分を見つめていることに
気付きました。

いつもはずーっと寝ているのに、変なの。

それにしてもさー。
ボクは寺の仕事で一日中走り回っているのに、何もしないあ
んたがなんで同じだけご飯を食べられるの?
なーんか不公平だよなー。

小坊主は、乞食に尋ねました。

「ねえ」

「なんじゃ」

「なんで、そんなでっかいお椀なの?」

何もしないくせに、要求だけはたっぷりするわけ?
小坊主は、遠回りに皮肉を言ったのです。

しかし。乞食は何の淀みもなくすらすらと答えました。

「この椀いっぱいの飯は食い切れぬ。わずかな飯でも在るの
はすぐ分かる」

「……」

「多少を問わず、あるだけで足りる。椀が大きければ分かり
やすい。唯それだけじゃ」

まさか返事が返って来るとは思ってもいなかった小坊主は、
目を白黒させながら寺へ帰りました。
それから、師匠である老僧に乞食のした話を伝えました。

老僧は静かに笑むと小坊主の頭に皺だらけの手を乗せ、言い
聞かせました。

「そうじゃの。お主も足らんじゃろうて。じゃから、椀は大
きくしておくが良い」



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(オオチャワンタケ)



それから数年が経ち、老僧は寿命を全うして亡くなりました。
成人した小坊主は得度して寺の跡を継ぎ、一人で寺を切り盛
りすることになりました。

不思議なことに、老僧が亡くなると同時に門外に居座ってい
た乞食が姿を消し、それでなくても寂しかった寺はますます
寂しくなりました。

青年僧は、独りになったことが寂しかったのではありません。

自分が抱えてしまった大きな椀。
それが永劫に満たされることはないという不平不満を、誰に
も聞いてもらえない。
老僧がいた時には聞いてもらえたことを、自力でこなさなけ
ればならない辛さに……打ちのめされたのです。

青年僧がもんもんと悩んでいると、いつの間にか一人の乞食
が門外に腰を下ろし、そこに居着いてしまいました。

ああ、よかった。これで儂は独りでなくなった。
胸を撫で下ろした青年僧が、乞食の椀に飯を盛ろうとしたそ
の時です。
何の気なしに乞食の顔を見た青年僧は、ひどく驚きました。
それは……亡くなったはずの老僧の顔だったからです。

「なにゆえ……」

乞食は、こともなげに答えました。

「儂もな。何でどのくらい椀を満たせばよいのか、皆目分か
らぬままであった故な。お主が往ぬるまで、黙して考えるこ
とにするでの」

ひょいと顔を上げた乞食は、きっぱりと言い切りました。

「儂の黙想を妨げるでない。儂はあと一度しか口を利かぬ」

「御意」


           -=*=-


年を経て、僧が老境に入った頃。
僧は一人の孤児の男の子を寺に迎えました。

そして、その子にきつく言い渡しました。

「寺の外に一人、乞食がおる。朝晩、飯を施せ。一切邪魔を
してはならぬぞ」





Heavens Not Enough by Steve Conte