《ショートショート 0764》


『涙の帰結』


「やっぱ……泣いちまうもんなんだなあ」

結婚式の帰り。
俺は駅のベンチの背もたれに体を預け、味気ない曇り空をぼ
んやりと見上げていた。
泣きたくなんかなかったけど、涙ってのは出てしまうんだな
と。何度も手の甲で目を拭った。

俺の横では、もう絞れるんじゃないかってくらいハンカチを
ぐちゃぐちゃに濡らした紗絵が、まだそのハンカチで目尻を
押さえたまま俯いていた。

「うぐ……」

新郎と新婦。イサムとリホ。俺と紗絵の高校の同級生だ。
まあ、これが二人ともわがままな自惚れ屋で、俺らは散々振
り回された。

確かにイサムとリホは高校の時から付き合っていたが、ほん
とにカップルなのかと思ってしまうくらい激しいケンカが絶
えなかった。
だから俺も紗英も、せいぜい保って一年だろうなんて言って
たんだよな。

実際、高校を卒業した直後に二人は別れた。
イサムは俺に、リホは紗絵に。
ああ、せいせいしたと言い放った。
もうあんなろくでなしの顔なんざ一生見たくないと。

それを……そのまま信用した俺らはバカみたいなものさ。

俺も紗絵も、あの二人とは違う。
強い感情を外に出すのが苦手で、受け身で、思い切り地味な
存在だ。

イサムは紗英に。リホは俺に。
かつての恋人とは全く違う空気を感じて、別れの傷を癒すた
めに逃げ込んだんだろう。
俺たちは……またしても、二人にまんまと振り回されたんだ。

俺とリホは四年。
イサムと紗絵は三年。
それは確かに、恋人同士と言うにはあまりに一方的な関係だっ
たかも知れない。

でも俺も紗絵も、真剣にその恋にのめり込んだんだ。
俺らは、相手のわがままは何でも飲めると思い込んだんだ。
それがただの思い込みだと分かった後で、俺らは捨てられた。
俺たちには……深い傷しか残らなかった。

イサムとリホは、俺たちを放り出した後も自分たちのしたい
ようにし続けた。
バツも不倫も何でもあり。恋愛の形を苦にすることなんかつ
いぞなかった。

あまりの無軌道ぶりに呆れた親や友人たちは、二人を見放し
て縁を切った。
二人は孤立した後、まるでそれが当然の結果であるかのよう
に、元のさやに収まったんだ。



fyc1
(フヨウカタバミ)



そうさ。
俺たちが泣いていたのは、あの二人の晴れ姿に感動してたか
らなんかじゃない。

どうせ今度もいくらも保ちゃあしないんだろ。
出席者は、俺ら以外みんなシラケ切っていた。
泣いていたのは俺ら二人だけだったんだ。

俺らをしゃぶり尽くした後でゴミのように捨てたイサムとリ
ホが、いけしゃあしゃあと俺らを式に招待する。
冗談じゃない、誰がそんなのに出るかときっぱり拒否できな
い自分が情けなかった。

まだどこかにくすぶったままの恋心を抱えてて、それに冷水
をぶっかけて消してくれって祈ってる自分がそこにいた。
それは……紗絵も同じだったんだろう。

それでも結局。
あの二人の結婚式を目の当たりにしてもなお。
どうにも出来ない、どこにも持って行き場のない恋心は、こ
うやって焼け残ってしまった。

だから俺らは……泣くしか。
泣くしか……なかったんだよ。



fyc2
(オランダミミナグサ)



ばかばかしい。泣いて何が変わるわけでも、解決するわけで
もない。
それでも。それをいくら自分に言い聞かせたところで心の整
理が付かない。涙は止まらない。

「ねえ……久志」

「うん?」

ずっと泣き喘いでいた紗絵が、やっと目からハンカチを離し
た。

「もう……いいよね?」

「いいだろ。もう、たくさんだよ」

「うん……」

ふう……。
やっと……涙が止まった。

それを待っていた俺は、ゆっくりとベンチから立ち上がった。

「帰るわ」

「うん」

「今度は……」

「うん?」

「もっとマシな涙を流そうぜ。最後が涙で終わるなんてのは」

俺は、もう一度手の甲で目を擦った。

「ろくなもんじゃない」





It Will End In Tears by Philip Selway