《ショートショート 0757》


『がさがさ』 (さっさのさ 2)


困ったことになった。

元々音には敏感な方で、自分でも気にし過ぎるたちだと思っ
ていたが、それが気にするしないのレベルで収まらなくなっ
てきた。

全ての音が気になるっていうわけじゃないんだ。
日常俺を取り巻いているほとんどの音は気にしないように出
来るんだけど、ピンポイントにどうしてもダメな音があるん
だよ。

ガラスを爪で引っ掻く時のきいっという音は、俺でなくたっ
て誰でも苦手だろう。それに、そういう音は滅多に聞かされ
ることがないから、実害はないんだ。

でも紙が擦れて起こる摩擦音、いわゆるがさがさ言う音がど
うにも我慢出来なくなってしまった。
空気が乾いて音が響きやすい冬場になると、がさがさがやた
らに気になる。うるさく感じる。
それでなくても嫌いな冬が、ますます嫌いになった。

耳栓でもしていればいい。
確かにそうなんだが、それじゃあ仕事にならん。
俺がどうしても我慢ならんのはがさがさ言う音だけで、それ
以外の音はちゃんと情報として入ってきて欲しい。

でも、そんな都合のいいフィルター付きの耳栓なんざありゃ
あしない。
だから四六時中イライラしてる。集中出来ない。どうにも落
ち着かない。

騒音による住人間のトラブルやそこから派生した血生臭い事
件なんざまるっきり他所事だと思っていたが、しゃれになら
なくなってきた。
隣に座ったやつが新聞を広げてがさがさやり出すと、発作的
にぶん殴りたくなるからな。

自分では認めたくないが、これは精神科の案件なんだろう。
俺は覚悟を決めて、受診することにした。



gs1



俺の訴えをまともに受け止めてくれた医者は、ほとんどいな
かった。気にし過ぎの一言で片付けられてしまってな。
無神経に俺の前でカルテをがさがさ言わせたやつまでいて、
危うくぶん殴りそうになったぜ。

「ふうむ……」

だが今俺と向かい合っている医者は、俺の訴えたことをじっ
くり聞いてくれただけでなく、俺の家庭や職場の環境、趣味
や好き嫌いをいろいろ聞き出した。そして、さっきからずっ
と何事か考え込んでる。
ちゃんと原因を特定し、それに合わせた対処法を考えてくれ
るつもりなのだろう。

俺は、この医者なら信用出来ると判断した。
俺の嫌いながさがさ音を出さないよう、ちゃんと気を付けて
くれてるし。

腕組みを解いた医者が、俺に診察結果の説明を始めた。

「そうですね。あなたの症例の場合、薬剤やカウンセリング
での治療は正直難しいと思います」

「え? 治らないんですかっ!?」

なんだよ。がっかり……。

「いえ、それ以外に治療法があるんですが、保険適用出来な
いんです。それに、あくまでも試行ということになりますの
で、必ず治癒するという保証は出来ません。どうされます?」

ああ、そういうことか……。

「それは、ものすごく高額なんですか?」

「いえ、月に五千円程度の負担になります。通院の必要はあ
りません」

へえー。そんな治療法があるのか。何か器具とかを使うのか
なあ。

「少しでも症状がよくなる可能性があるなら、ぜひトライし
たいです!」

頷いた医者は、思いがけないことを言った。

「これから毎月、あなたのところに小さな荷物が届きます。
それを開けて、中身を確かめてください」

「え? それが……治療なんですか?」

「そうです。あなたにはペイパルの口座を作っていただきま
す。そこから毎月五千円ほどが引き落とされます。よろしく
お願いいたしますね」

なんだかよく分からんが……やってみるしかないな。

「分かりました」


           -=*=-


診察から一週間もしないうちに、俺の家にアメリカから国際
郵便が届いた。

「なんだあ?」

小さいが、幾重にも紙で包まれている荷物。
中身を取り出すには、自らがさがさと音を立てて梱包を解か
ないとならない。くそっ!

包み紙を外して取り出した紙箱。その中にもくしゃくしゃに
なった英字新聞がぎっしり詰め込まれていて、耳障りな音を
立て続ける。

がさがさ、がさがさ、がさがさ。
イライラが募る。

だが、そのイライラは一瞬で吹っ飛んだ。

「なにいっ!?」

俺が飛びつくように手にしたもの。
それは……アクリルのケースに収められた、草食恐竜サウロ
ペルタの鱗の化石だった。
出土場所、体の部位、発掘者。重要情報が全て記載された付
属書類が、発送者のサイン入りで付属している。

大型の肉食獣に比べ、出土数の多い小型草食恐竜の化石は商
品価値が低く、あまり流通しない。
俺のようなマニアにとっては垂涎の的であってもだ。

「す、すげえ……」

もしかすると、これが毎月来る?
ぞくぞくした。

「五千円なんか、安いもんじゃん!」



gs2
(ユリノキ)



「先生。浮かない顔されてますけど、どうしたんですか?」

「ああ、この前来たフォノフォビア(音恐怖症)の患者さ」

「また来たんですか? 治らなかったとか?」

「いや、対処法が劇的に効いて、症状は解消したんだ」

「へえー。どういう治療をなさったんですか?」

「フォノフォビアってのは、特定の音と自分のストレスや不
安感、不快感とが直結してしまったから生ずる症状だよ。そ
のリンクを快感に付け変えりゃいい」

「ふうん。どういうことですか?」

「パブロフの犬と同じだよ。ベルの音を聞かせて、その後に
エサをやる。そうすれば、犬はベルの音を聞くだけでよだれ
を流すようになる」

「あ……」

「私は、ご褒美とがさがさ音をセットにして彼に提供するだ
けでいいのさ」

「すごおい!」

「だが、薬が効き過ぎてな」

「へ!?」

「がさがさ音がないと眠れなくなってしまったそうだ」





Fiesta by The Pogues

 がっさがさ。(^m^)