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 昔々2 あとがき


 番外編第二弾としてお送りしてまいりました、みさちゃんシリーズ三話。いかがでしたでしょうか?

 二十代後半ですからまだまだ十分に若いはずなんですが、生活苦が滲み出ていて、どうにもじじむさい感じがしますね。(^^;;

 探偵としては駆け出しもいいとこのみさちゃん。本当は探偵業が主、それで足りない分を副業にしたいんですが、お客さんを呼べる事務所も電話帳に載せられる電話番号もないんですから、そんなのは絵空事です。実際には、探偵業もこなせるコンビニ店員でしかありません。

 今の自分が出来ることから始めるしかない。じゃあ、自分の働いている店のトラブル解決からやろう。中村探偵事務所は、意外なところからその第一歩を踏み出しました。一号案件は、みなさんの予想と一致したでしょうか。(^^)

◇ ◇ ◇

 この三話にわたしが仕込んだのは、人と人との繋がり、人脈の妙味です。それぞれの話を完全に独立させず、店長、雅恵ちゃん、そして正平さんに繋がるように仕立てたのは、そのためです。

 人脈作りは、積極的な宣伝を打てないみさちゃんの唯一の営業手段であり、情報収集網構築のためにも重要なんですが、決してそれだけが目的ではありません。
 以前勤めていた沖竹エージェンシーでは、一つの案件が終わるごとにぶつぶつ切れていた依頼人とのコネクション。調査会社という高度に守秘義務のある組織では、個々の案件に深入りし過ぎることは御法度であり、一つ終われば意識を初期化して次と割り切るしかないんですが……。

 みさちゃんは、それがどうにも腑に落ちなかったんですね。みさちゃんが沖竹で仕事を続けることを断念した理由は、業務遂行のスタイルの違いではなく、むしろ依頼人との距離の差だったんじゃないかなと思います。個人でやるなら、依頼者にどこまで深く関わるかを自分で細かく調整出来ますから。

 依頼者にきっちり踏み込んで事実の裏にある心の動きを探り出し、交流を深めて自分の財産になるものをもらおう。案件を通してしっかり人脈を作って行こう。それには大きなリスクがありますし、すごく手間もかかります。でも、それがみさちゃんの目指す姿なんです。



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(ヒサカキ)



 みさちゃん。駆け出しですが、意欲だけは満タンです。沖竹では自由に動けなかった反動で、いろいろやりたくてしょうがありません。コンビニの件では、それがぼかあんと行きましたね。
# 結果は大赤字。(^^;;

 ブンさんに首根っこを押さえられてた時と違ってブレーキ役がいませんから、誰もみさちゃんの口に蓋が出来ません。その分、シニカルで言葉がきついところが剥き出しになっています。説明は丁寧なんですが、辛口で決して愛想がいいとは言えません。自分でも何度か言っていましたが、若造のくせにものすごーく偉そうなんですよ。
 それでもうるさ型のじいちゃんたちが納得したのは、みさちゃんが商売っ気抜きで、依頼者がトラブルに巻き込まれるのを防いだから。みさちゃんが最後にきついことを言ったのも、あくまでも心配ゆえだということはちゃんと分かります。

 まだまだ洗練されてない荒削りの駆け出し探偵ですが、どの依頼人もみさちゃんの心根の優しさ、暖かさをしっかり感じ取れたんじゃないかと思います。
 沖竹に居た時と違って、依頼者との心の交流は今後に生かされます。そのもっとも大きな財産は、改めて言うまでもないと思いますが正平さんとの繋がりですね。(^^)

◇ ◇ ◇

 本話では、みさちゃんのシリーズとしては珍しく、わかーい女の子の依頼人が登場しました。宇佐美雅恵ちゃんですね。

 みさちゃんは雅恵ちゃんを、おじいちゃん思いの優しい女の子で、まじめでしっかりしてると評価していましたが、それを鵜呑みにしてはいけませんよ。みさちゃんは、そんなに甘くありません。(^m^)
 賽銭箱の騒動の当事者ではなかったこと。物騒な事件に巻き込みたくなかったこと。校則の厳しい名門女子校の生徒なので、素行面はとりあえず心配しなくていいこと。そういう条件を全部考え合わせて、彼女の問題は後回しにしただけなんです。

 みさちゃんが高評価していたように、彼女はとてもいい子ですよ。でも、全部がいいわけじゃないんです。みさちゃんは、彼女の思考の裏をちゃんと見通します。

 親の束縛を逃れて下宿する。それにはちゃんと理由と打算があります。大迫さんが孫をどやし切れなかったように、いくら厳しい宇佐美のじいちゃんでも、孫の雅恵ちゃんはそうそうどやせません。雅恵ちゃんは、それをちゃっかり利用してるんです。善意の悪用は、それがどんなに些細でも決して褒められたことではありません。

 雅恵ちゃんの依頼も、決してストレートではありません。おじいちゃんが抱えたトラブルが雅恵ちゃんの親の耳に入れば、それに関わらせたくない親は娘を強制召還するでしょう。せっかく手にした自由を失っちゃう。そんなの絶対に嫌っ! 雅恵ちゃんが切羽詰まってみさちゃんに依頼を持ちかけた裏には、そういう意識が潜んでいたんです。
 さらに、自分でしっかりしてると思ってるほどには、雅恵ちゃんが世間の厳しさや怖さをまだ十分に分かっていません。
# おじいさんや学校のプロテクターが、がっちりかかってますから。(^^;;

 本編の第三話、『体験学習』の中で、まんまとやーさんの食いものになってしまった少女。事件の発端は親との衝突でしたが、その子の場合は反発を知っていた親がちゃんと備えれば事件を未然に防げたはずなんです。親の失態なんですよね。
 でも雅恵ちゃんのように反抗がすんなり表に出ない子は、そうは行きません。本当は、雅恵ちゃんのようなタイプの方がずっと危なっかしいんです。まじめでしっかりしてるという外面に、親まで含めて周囲がまんまと騙されますから。(^^;;

 みさちゃんは、雅恵ちゃんが内包している危険性に初めから気付いてたってことなんです。だから最後にものすごくえげつない例を出して、雅恵ちゃんにでかい雷を落としたんですよ。

 潜んでいる悪意を嗅ぎつけるだけでなく、善意の後ろに隠れている欺瞞や怠惰、油断をえぐり出して警告する。たくさんの悲惨な事案を見てきたみさちゃんならではの処世訓が、ちゃんとポジティブに生かされているんです。



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(イヌホオズキ)



 このシリーズのラストシーン。事務所を贈られて涙したみさちゃんの心中が、見えましたでしょうか?

 実はみさちゃん。人から褒められたことがありません。

 一番褒めてくれるはずの親から放置され、自立を急いでいた学生時代には困窮生活のあまり人との濃い交流が出来ず、沖竹にいる間は激務に加えてブンさんの容赦ないどやし。みさちゃんには、人に深い情けをかけてもらったっていう経験がほとんどないんです。

 ですから、温情をもらえないことへの恨みが強く出れば、それがシニカルな思考や言動に繋がり、温情をもらいたいという欲求が強く出れば、それが献身的な行動に現れます。アンビバレントに見えて、実は出処は同じなんですよね。

 探偵として歩き出したみさちゃんが最初に手掛けて解決させた案件は、いずれも依頼人からとても感謝してもらえました。探偵としては解決して当たり前であっても、依頼人からありがとうと言ってもらえることは、みさちゃんにとっては無上の喜びなんです。感謝される、褒められるというのは、自分という存在を肯定してもらえたということですから。
 それにプレゼントまで付いてきたんですから、泣きたくなるほど嬉しいのは当たり前なんですよ。

 もっとも、じいちゃんたちの口からは最後までありがとうの言葉が出て来ませんでしたけどね。でも、言葉はあくまでも言葉に過ぎないんです。感謝なんかしていなくても、口先ではいくらでも言えちゃいますから。
 みさちゃんのどやしを、それだけ大口叩くならおまえもやってみろよと、事務所を貸してどやし返した。意地っ張りのじいちゃんたちらしい謝意の示し方だと思いません?(^m^)

 ブンさんの『黒くなるな』というどやしが、みさちゃんが崩れないようにするための土留めだったとすれば、本話でのプレゼントはみさちゃんを前進させるエンジン。
 真実を正視し続けなければならない辛さよりも、頑張れば依頼人に心から感謝してもらえるという喜びが上回る。そう実感したみさちゃんは、いよいよ正平さんから借りた事務所を根城にして、本格的に探偵業を展開することになります。

◇ ◇ ◇

 まるっきりクリスマスらしくない罰当たりな話でしたが、みさちゃん的には形なんかどうでもいいんです。孤独の中を必死に這いずり回ってきたみさちゃんが、人の情けに触れて自分を肯定し、その活かし方を考え始める。クリスマスっていう日は、たまたまそのきっかけになったに過ぎません。

 本編を読んでいただければ分かると思いますが、奥さんのひろと結婚した後は、二人ともその時期が仕事の稼ぎ時に当たるため、仕事優先。クリスマスに二人でなにかするという行動は、一切取っていないんです。
 でも、二人がそれで幸せなら何ら問題はありません。その日に無理に意味を置かなくても、十分満たされているんですから。(^^)

 そして本編の第14話、『子守唄』でみさちゃんとひろが買ってきたお守りは。
 ……どこのお守りだったか、もうお分かりかと。(^m^)



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(オニノゲシ)



 ちょい横道に逸れます。

 今回セレクトした曲は、全てラテン系の国のものでした。イタリア、スペイン、そしてブラジル、ですね。いずれもクリスマスが重要な祝祭の日であるカトリック教徒
の多い国です。それなのに、一曲もクリスマスソングを取り上げませんでした。

 まあそこは、へそ曲がりのわたしならではの選曲ということで。(^m^)

 宗教とはなんぞやという難しい話を持ち出すつもりはありませんが、人すら信じられない者が神様なんか信じられるはずがないとは常々思っています。それが、みさちゃんを通してわたしが間接的に訴えたかったことなんですよ。

 誰かを信じるというのは、人と人を繋ぐためのもっとも基本的なツール。それを否定することは、自分自身をも否定することなんです。みなさんは、家族や友人を信じていますか? 信じることが出来ますか?

◇ ◇ ◇

 たった三話とは言え、かなりのボリュームになりました。辛抱強く通読してくださった方々には、改めて深くお礼申し上げます。

 次の番外編では、みさちゃんの盟友であるフレディとのエピソードをお届けする予定です。(^^)/





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