$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々2  第三話 思わぬ贈り物


(6)


江畑さんと綿密に打ち合わせ、四か所のうち子安稲荷の賽銭
箱の見張りを請ける。
幸い昨日はまだ動きがなかったが、もうそろそろだろう。

なぜ俺が張り込み、つまり警察の業務の代行をしているか。

警察の内部情報は、裏の連中にかなり漏れてるんだ。
連中に面が割れてる警察関係者は、うかつに現場近くをうろ
つけない。張り込みを覚られたら、連中はすぐに作戦を中止
してしまうからね。
でも俺がごとき無名の貧乏探偵は、連中からは完全ノーマー
クなんだよ。

それに、タダ働きじゃないし。
捜査協力費は安いけど、俺にとっては貴重な収入だからな。

俺のノルマは、人とブツの動きを監視して江畑さんに報告す
ること。
現行犯逮捕を成功させるためのサポートだけなので、プレッ
シャーがなくてとても楽だ。
素行調査の後尾行の方が、よほどしんどい。

子安神社を見下ろせる立体駐車場の物陰で、俺は携帯を開い
て再度段取りを確認した。

たぶん仲卸が義仁を使って賽銭箱に現ナマを仕込み、それを
元売りの手先が取り出して確認し、回収してブツを置く。
置かれたブツを黒幕の氏子が直接回収に行く。そういう手は
ずになっているはずだ。

現ナマを義仁に持ち逃げされる心配はない。
大迫さんの孫だということが、連中にとって担保になってる
んだろう。
万が一の時は、大迫さんを締め上げて全財産巻き上げれば回
収出来る額だろうからね。

でも、ブツの回収だけは義仁にはさせられないんだ。
ヤクに関してはとーしろの義仁は、ブツの真偽をその場で確
かめられないからだ。

それに、地元民ではない人物が賽銭箱の周りを頻繁にうろう
ろすれば、どうしても近所の人に怪しまれる。
そこだけは、鍵を持っていて賽銭箱を開けることに違和感を
持たれない氏子自身がやらざるをえないんだ。

子安稲荷を監視のメインターゲットにしたのは、黒幕と目さ
れる氏子がその地区にいるからだ。
他の三か所でも同じようなアクションが起こされるかもしれ
ないが、それは捜査撹乱のための陽動。ダミーか、せいぜい
少額取り引き止まりだろう。

「ふう……おっけー」

携帯を畳んで、鉄骨に寄りかかる。
それにしても、ぎりぎりのタイミングだったな。

俺が雅恵ちゃんから依頼を受けた時には、すでに賽銭箱は設
置されていた。
それがすぐに取り引きに使われなかったのは、設置に伴う人
の出入りが落ち着くのを待っていたからだろう。
受け子を黒幕自身がやるなら、現場で誰かと鉢合わせする危
険を極力回避しなければならないからね。

だが時間が経つほど、賽銭箱の設置に直接関与した宇佐美さ
ん、大迫さん、杉田さんの影響が薄れ、警察に嗅ぎ回られた
時に彼らに責任転嫁出来なくなる。
プレッシャーに負けたパシリの義仁が、本番前にとんずらす
るかも知れないし。

賽銭箱設置からせいぜい十日以内の勝負だろうと睨んでいた
けど、まさにどんぴしゃり。連中は、俺の読み通り行動を起
こした。

義仁が汚れ役を全部押し付けられている限り、アクションの
起点は必ず義仁になる。
江畑さんが大迫さんの店を見張ってるから、俺は江畑さんの
連絡を待てばいい。楽ちんだ。
ただ、いつ義仁が動き出すかが読めなかったんだ。

根比べになることを覚悟してたんだけど、意外に早く、午後
十時に俺の携帯がぶるった。
義仁が実家を出て黒幕の家に向かったという、江畑さんから
のメールだった。

「なるほど」

神社近傍の人気(ひとけ)が完全に絶える深夜だと、かえっ
て人の動きが目立ってしまう。
まだいくらかは人通りがある時間帯にしたってことか。

むー……。
あまりに綾のない展開で、拍子抜けしてしまう。
あの万引き高校生どもの方が、よっぽど頭を使ってたぞ?
まあ、江畑さんにとっては棚ぼたのおいしい案件だろうけど
ね。現行犯なら事前捜査が要らないから。

「それにしたって……なんだかなあ」

俺は暗澹たる気分になる。
もうすぐクリスマスだぜ? いくら神社にクリスマスは関係
ないっていっても、プレゼントが麻薬や覚せい剤じゃ、八百
万の神も呆れてものが言えないだろう。
本当にふざけてやがる。

江畑さんからの連絡から一時間もしないうちに、子安神社の
粗末な境内に小さな光の輪がちらついた。

「お! 来やがったな」

すぐに江畑さんに『Y着』とメールを飛ばし、暗視装置のス
イッチを入れて人影の正体を確認する。
間違いない。義仁だ。

折り返し、江畑さんから確認の電話が入った。

「中村さん、どうだ?」

「間違いありません。今、義仁が賽銭箱の鍵を開けて、カバ
ンを中に置いたところです。中身は現ナマでしょうね」

「でかいか?」

「小型のアタッシュです。せいぜい八桁ちょい越しってとこ
でしょう。億金ではないっすね」

「分かった。元売りの連中は、ブツの設置が終わってから追
尾する。うまくすれば、上まで一気に挙げられるかもしれん」

「はい!」

「すぐ行く。そのまま偵察を続けてくれ」

「了解です」

暗闇の中を、わたわたぎごちなく動き回るへっぴり腰の男。
情けないなあ……。

俺がぶつくさ言ってる間にそそくさと賽銭箱に鍵をかけた男
は、逃げるように現場から走り去った。

ったく、しょうもない。

あいつは、ここからは逃げられても、今回の件からはどうやっ
ても逃げられない。
いくらヤの字から脅しが入っていたとしても、それはしでか
したことの言い訳にはならないんだ。

ヤクを運んだ当事者でないということだけが、唯一の救いか
もしれない。
ヤクを手にしての現行犯逮捕でない限り、全責任を押し付け
られることはないだろうからね。

義仁が現場を離れたところで、江畑さんからの偵察義務解除
のメールが来た。本隊が展開したんだろう。
俺はすぐに撤収だ。

身を隠していた立体駐車場を出て、近くのコンビニで江畑さ
んと落ち合う。
雑誌をぱら読みしてた俺の背後から声が掛かった。

「よう、中村さん」

お。着いたな。機嫌は良さそうだ。

「その後、どうですか?」

隣でカムフラージュ用に雑誌を広げた江畑さんは、含み笑い
を浮かべながら小声で進捗状況を教えてくれた。

「すぐブツが動いた」

「やっぱり。早いですね」

「手際いいよ。連中は、ばっちりだと思ってるだろうなあ」

「カネが置かれてすぐですか?」

「五分も空いてないね。見事な連携プレイだよ」

「大物ですか?」

「いや、カネを取りに来たのは三下だ。そいつにはもう尾行
を付けてる」

「なるほど」

「ブツはカネ相応の量だよ。見た目はどこかの土産菓子だ。
手にしていても誰も怪しまん。しかも持っているのがここの
奴じゃな」

「すぐに回収に来ますかね?」

「来る。さて、捕物だ」

「じゃあ、これで下がります」

「ありがとな」

「いえ」

俺が手にしていた雑誌と暖かい缶コーヒーを買って、コンビ
ニを出た。

さて、さっさと離脱しよう。
捕物の最中には現場から離れていないと、そこでの関与が裏
の連中にバレた途端、俺は連中のブラックリストに載っちま
う。仕事がやりにくくなるからね。




bp11
(センダン)





Meu Brazil E Com S by Marcia Salomon