《ショートショート 0749》


『脱帽だ!』


小さい会社には、いいところも悪いところもある。

家族的な雰囲気で仕事が出来るから、人間関係のトラブルさ
え生じなければ、快適に仕事が出来る。
限られた人数で仕事をこなさなければならない分、無駄が少
なくなり、仕事の効率はかえって良くなる。
仕事の成果がそのまま俸給につながるから、成果が上がれば
それだけやる気も出る。

欠点の最たるものは、トップダウンの弊害だ。
社長がアホなら、使えない社員しか残らない。
当然、業績が上がらず廃業まっしぐらになるわな。

私のところは、そうならないようにうまくやってきたつもり
だった。
そう……『つもり』だったんだ。


           -=*=-


「はあ……」

思わず溜息が出る。

経理を任せている女房が二人目の妊娠、出産でしばらく休み。
それは想定内だ。

ベテランの長池さんとペアでやってたから、当座は長池さん
だけでもしのげるだろうと思っていたのに、長池さんが重度
のぎっくり腰でしばらく出社出来なくなってしまった。
最低でも一か月、回復状況によってはそれ以上出て来れない。

それだけでも頭が痛かったんだが、営業の酒井くんが交通事
故の巻き添えを食って、骨盤を骨折して入院しちまった。
こっちも一か月は無理だ。

私を入れて五人しかいない小さな会社なのに、そこから三人
リタイアは即座に死活問題だ。

唯一動ける菊沢さんは、内勤専門で外回りは出来ない。
しかも今年から採用した若い人で、やる気はある子なんだけ
ど、まだ仕事を覚え切れてない。
彼女一人を残して私が外回りすると、何かあった時に対応出
来なくなるんだ。

にっちもさっちも行かないとは、まさにこのことだ。

でも、今リタイアしてる三人は近いうちに復職するんだから、
それまでは死に物狂いでしのがないとならない。

菊沢さんと二人で無理ということになれば、助っ人を頼まな
いことにはどうしようもない。
痛い出費になるが、短期契約の派遣社員を人材派遣会社にお
願いするしかない。


           -=*=-


「……ということなんですよ」

「分かりました。微力ですが、お手伝いさせていただきます」

「助かります!」

ライトグレーの地味なスーツを着た中野さんという派遣さん
は、二十代後半だろうか。
うちの社なんかにはもったいない、見るからに切れ者という
感じの女性だった。

ひっ詰め髪で、やや切れ上がった目。
きりっとした口元と、はきはきした口調。語り口も聡明。
社長秘書をしていてもおかしくはない、今風の美人だ。
社長だなんて冗談でも口に出来ないような私じゃ、土下座し
ても秘書になんかなってもらえそうにない、超高級品。

思わず拝んでしまいそうになる。

派遣会社には社の窮状を伝えてあったから、登録されている
派遣さんの中でも特に有能な人を寄越してくれたのだろう。
もちろん、そんなちんけな社では働きたくないと言われれば
それまでで、引き受けてくれたこと自体が本当にありがたい。

「それにしても災難でしたね」

「確かにそうなんですが、備えの甘かった私に全責任があり
ます。そのツケをあなたに押し付ける形になって、本当に申
し訳ありません」

「いえいえ、わたしはピンチヒッター専門ですから、慣れて
います」

「期待しています。これから、仕事の説明をさせていただい
てよろしいですか?」

「そうですね」

手帳ではなく、さっとタブレットを出した彼女を見て。
また感心してしまう。

次元が違うな……。



cap1



いやいやいやいやいや。

まさに、脱帽だよ。

援軍なんて名ばかりで、実際に使ってみたらてんで役に立た
ないなんてことがよくあるらしいんだけど、彼女に関しては
期待値のはるか上を行く素晴らしい働きっぷりだった。

まず仕事の効率が抜群にいい。てきぱきというよりも段取り
が優れてるんだ。
動く前にすでにシミュレーションが終わっていて、行動に無
理や無駄がない。
だから、忙しそうにせかせかやっているという感じがしない。
常に余裕があって、何か起こった時にも冷静に対処出来る。

うーむ……。

そして表情のきつさとは裏腹に、お客さんとのやり取りがと
ても柔らかい。ぎすぎすした印象を与えないんだ。

彼女が客先を回ったあとに私が行くと、江原さん、いい人を
入れたねえとみんな感心している。
いや彼女はピンチヒッターなんですよと説明すると、みんな
がっかりする。

短時間でも、がっちりお客さんの心を掴んでいるんだろう。
話術、笑顔、誠意。非の打ち所がない。

そういうスーパーウーマンが来て菊沢さんがスネてしまうと、
それはそれで厄介なんだけど、菊沢さんが彼女に心酔してる。
わたしもあんな風になりたいって。
菊沢さんにも親切に接していて、決して偉ぶらないんだろう。

どうなるかと思った非常事態。
大車輪の活躍を見せてくれる中野さんのおかげで、なんとか
窮地を脱せる目処が立った。
ほっとする。


           -=*=-


契約期間は三か月だったんだけど、その間にリタイア組の復
帰がぼつぼつと進んだ。

無事に第二子の娘を出産した女房は、その子を抱いて会社に
様子を見に来た。
美人の派遣さんがいるということで、私がよろめかないか心
配になったんだろう。

だが、女房の抱いてきた赤ちゃんを見て、中野さんがめろめ
ろになっていた。かわいいかわいいを連発。
それで女房の気持ちに角が立つわけはない。
いい人ねえと、心配を一瞬で払拭したらしい。

そして、まだコルセットを付けたまま長池さんが慣らし勤務
に入った。
腰痛が癖になるといけないから、無理はしないでくれと口を
酸っぱくして注意したんだけど、長池さんも責任感強いから
なあ。

最初切れ者の中野さんを警戒していた長池さんだけど、彼女
の性格がとてもオトナであることをしきりに感心していた。
今時、あんな出来た子はいないよと。

そして予定より早く酒井くんが退院し、復職に意欲を見せて
いる。
彼にも恋人がいて、早くゴールインしたいらしいからな。

酒井くんにも完調になるまで決して無理をするなと言い含め
たが、中野さんが去った後で営業の質が落ちたと言われるの
は絶対に嫌なんだろう。やる気満々だ。

ともあれ、中野さんにかかる負担が減るのと同時に、うちの
社は徐々に平常運転に戻っていった。


           -=*=-


契約期間が終わる前日。
すっかりお世話になった中野さんに社員全員で感謝の気持ち
を伝えようということになって、昼に社内でサプライズパー
ティーをやった。

会議室に呼ばれた中野さんは、何だろうとドアを開けた途端
に鳴ったクラッカーに腰を抜かしていたが、渡した花束と記
念品を本当に喜んでくれた。

社を代表して、私が謝意を伝える。

「危機に瀕した我が社を獅子奮迅の活躍で救ってくださった
中野さんのスーパーパワーには、社員一同脱帽です!」

ぱちぱちぱちぱちぱちっ!

「本当にありがとうございました! 機会がありましたら、
またぜひお手伝いをお願いいたします」

微笑を浮かべながら私の謝辞を聞いていた中野さんは、すうっ
と一礼すると……。

「ありがとうございます。わたしもいろいろな会社にお世話
になって来ましたけど、こんなに働きやすい会社は初めてで
した。出来れば、このままずっとお世話になりたいなあ……
なんて」

思わず苦笑する。

「あはは。中野さん。うちの会社は、中野さんには小さ過ぎ
ますよ。うちじゃ、きっとご自身の意欲を持て余すと思いま
す」

「そうですか?」

「そうですよ」

私は社員を見回す。

「私も家内も、かつては大きな会社の社員でした。そこで、
くったくたに疲れ果てたんです。私たちの器は小さかった。
じゃあ、小さいなりに出来るやり方でやろうか。それがこ
の会社の始まりなんです」

「うわ」

「がんばれば十出来ることを、あえて八で止める。それを、
怠けていると取られても構いません。その残り二の余地が
あるから、私たちは待てる。ぎすぎすしないでやれる。う
ちの社は、努力していっぱいいっぱいまで自分を磨こうと
する人には合わないんですよ」

「……」

「ですから、もし中野さんが八でいいやって考えられるよ
うになったら、ぜひうちの社に来てください。いつでも歓
迎いたします」



cap2



にっこりと。中野さんは屈託ない笑顔を振りまいた。

「江原さん。脱帽です!」





UFO Tofu by Bela Fleck And The Flecktones

 フレックトーンズの超絶神業アンサンブル。もう脱帽です。

 マリンバやシロフォンのアンサンブル向けの編曲もあるんですが、難物中の難物ですね。めっちゃめちゃな変拍子に、苦戦しているのがよーく分かります。