《ショートショート 0745》


『シュートミス』


「終わっちゃったね」

「うん」

二人して、ゴールの真下からバックボードを見上げる。

わたしたちがいるのは、体育館のコートじゃない。
レギュラーメンバー以外の平部員が自主練するための、屋外
のコート。
汚れたボールが当たってついた丸い染みが、バックボード全
体に散らばってる。

それは、わたしたちしか見ることがない風景。
試合に出られるレギュラーメンバーは、最後まで見なくて済
む光景だ。

うちの高校は進学校で、部活にはあまり力を入れてない。
女子バスケだってそうで、部員は全学年合わせても二十人い
ない。
それでも、試合の時には学年に関係なく上手い子がレギュラー
になる。

へたっぴなわたしやえりちゃんには、三年間一度も出番が回っ
て来なかった。お情けですら。

それが嫌だってやめなかったのは、へたっぴでもバスケが好
きだったから。
わたしは自分の選択には後悔してない。

でも。
終わっちゃった。

地区予選の一回戦であっさり負けたうちの高校は、その時点
で三年生が引退になる。
わたしたちは自動的に退部になり、もう練習コートに立つこ
とすら出来なくなる。

わたしとえりちゃんに残されたのは、練習用のゴールに染み
付いた無数のシュートミスの跡だけだ。



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えりちゃんが、ゴールを見上げてぽつんと呟いた。

「練習試合でいいからさあ。一回くらい、試合に出たかった
なあ……」

「そうだよね。試合形式の練習にすら、わたしらめったに入
れてもらえんかったもんね」

「うん。確かにずっとへたっぴだったけど、なんかごほうび
あってもいいんちゃうかなーって」

「思う思う」

「でも……終わっちゃったね」

「うん」

不思議と。
涙は出なかった。

もっと悲しいのかなあと思ったけど。
出なかった。

「ねえ、えりー」

「うん?」

「あんたさー。大学行ってもバスケやるの?」

「やんない」

「そっか……」

「もういい」

「……」

「百回千回シュートミスしても、一回くらいはゴールって出
来るもんでしょ」

「うん」

「そういう喜び感じれないと、がんばれない」

「そうだよねえ」

「美緒は?」

「わたしも、やんないかなー」

「やぱし」

「なんかさあ」

「うん」

「えこひいきとまでは言わないけど、もうちょっと全体見て
欲しかったなーって思う」

「……」

「部活って何なのか、最後は分かんなくなっちゃった」

「そっか」

「でも」

わたしは、錆びたゴールの支柱をそっと撫でた。

「バスケに夢中になってた時間は否定したくない。それは悲
しいもん」

「うん。しんどかったけど、やめたいとは思わなかったもん
なあ」

「そうなの」

「センセが言うみたいに、がんばってた時間が一番の財産な
んだよって、そんな風には全然考えられないけど」

「同意」

「でも、やめたいとは思わなかったよね?」

「そ。思わんかった」

バックボードに刻まれたたくさんのシュートミスの跡。
それは、わたしたちを育てる材料にはちっともなってない。
逆に、わたしたちのやる気をむしって刻まれた残酷な跡だ。

でも、それがわたしたちの三年間だった。
その無数のシュートミスの跡が、ね。

努力が何も実らなかったことは事実だし、努力したことだけ
に無理に意味を置くことはないと思う。
そして、足掻き続けた三年間はもう戻らない。

両腕を頭の後ろで組んで、高く澄んだ青空を見上げる。



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「次は……何に夢中になろうかなー」

「ふふ」

「えりはどうすんの?」

「大学受かってから考える」

「ま。そだな」

「美緒は?」

「わたしは相棒探すよ。一人じゃ何やってもつまんないもん」

「……そか」

「それが、オトコでもオンナでもいんだ」

「ふふ」

ぱちん!

高く手を上げて、えりとハイタッチを交わす。
三年間一度も出来なかったポーズ。
でも、それを今さら悔やんでも始まらない。

ゴールを決めようと思ったら、無数のシュートミスを覚悟しな
いとならない。
それが……事実。紛れもなく、事実なんだ。

「ばい!」

「また明日ー」

「うーす!」





夢追人 by Kokia