《ショートショート 0737》


『スポットライト』


正直、私は戸惑っていた。

私がしゃにむに頑張ってた時には、一切スポットライトなん
か当たらなかったのに。
何もやってない今になって、急にライトが当たるなんてね。

皮肉なもんだ。


           -=*=-


「黒さん、お客さんは帰られたんですか?」

私が客との立ち話を終えて事務室に戻ったら、蘭ちゃんが興
味津々で近付いてきた。

「帰った……っていうか、帰ってもらった」

「え?」

「ここの仕事の話じゃないからね」

「違うんですか?」

「会社まで押しかけないで欲しいよ」

「えー!? 黒さん、サラ金に……」

「ごるあっ!」

ったく。蘭ちゃんも、口が悪いからその年まで独身なんだよ。
もっとも、私も人のことなんか言えんけどな。

「そうじゃないさ」

回転椅子を一つ引っ張り出して、そこにどすんと腰を下ろし
た。

「半年くらい前に、月9のドラマのエキストラをやったんだ
よ」

「げ! 黒さんが、ですかあ?」

「まあね。ナマで女優さんを見られるし、おもしろいかなあ
と思ってね」

「へー。意外だなあ」

「ははは。わかーい頃に、ちょっとだけ演劇に手ぇ出してた
からね」

「信じらんない」

私をじろじろ見回した蘭ちゃんが、私と同じように椅子に座っ
た。

「エキストラだから出演料なんかなし。弁当だけだね。でも、
撮影風景も近くで見られたし、私的には楽しかったな」

「エキストラって、ただ通行人で歩くだけですかー?」

「ほとんどの人はそう。でも、私のはセリフが付いてたんだ」

「へー? どんな?」

「ヒロインがバッグから落とした手帳を拾って、声をかける。
そこの女の人、落としましたよってね」

「あ!」

蘭ちゃんが、ぱっと立ち上がった。

「知ってる知ってる! あのシーンかあ!」

「あれ? 知ってるの?」

「話題になりましたもん。すっごいおもしろかったから」

「そうなんだよね。ドラマとしては結構二の線なのに、あの
シーンだけはコミカルだったから」

「そこにいた小さな子からおばあちゃんまで、女性がみんな
振り返っちゃうんですよね」

「はっはっは! 脚本書いた人もうまいことくすぐったなー
と思ったよ」

「そっかあ。その役だったんだー」

「蘭ちゃんがその男を覚えてないってことは、ドラマの中で
私の役の重要性は何もないってことさ。あの場面限りの使い
捨て」

「うん」

「ところがね」

「うん」

「今蘭ちゃんが言ったみたいに、あのシーンだけが脚光を浴
びちゃったんだよ」

「あっ!」

「ドラマ全体としては、あれは息抜きの一シーンさ。全体の
筋を動かすような重みは置かれてないの」

「そうですよね」

「でも、あそこだけが繰り返し話題になっちゃった。そして、
そこに私がいる」

「えっ! ってことは……」

「シニア役で出てくれって、うるさいんだよ」

「じゃあ、さっきの人は」

「そう芸プロの営業さん」

「うっそおおおおおっ!!」

「他にも、CMの話とかいろいろ持ち込まれててね。正直、
迷惑してるんだ」

「……」



ko1
(サンショウ)



私は若い頃役者で食って行こうと本気で考え、生活の全てを
演劇にぶち込んでいた。

小さな芸プロに置いてもらって自力で売り込みをし、端役を
片っ端からこなし、自分の生命の全てを演じることに注ぎ切っ
ていたと言っていい。

あの頃には熱しかなかった。
その熱で、何もかも突破出来ると本気で思い込んでいた。

だけど全力が行き過ぎて、さすがに息が切れたんだ。
同じ年回りの役者の卵は、三十路の声が聞こえ始めると男も
女も徐々に光より影を見るようになる。
そして、私もそうだった。

自分の熱で照らし出せるものが自分しかなかったんだと悟っ
たら、熱は必ず冷める。

『いいトシこいて、いつまで極楽とんぼをやってんだ!』

私をそうどやしたのは、親でも友人でもない。
私自身だった。

言いようのない挫折感と徒労感に苛まされながら、私は役者
を諦めた。
その後小さな事務機器販売会社の営業になんとか潜り込んで、
冴えないサラリーマン生活をじみじみと続けてきた。

薄給で何の取り柄もない男に彼女なんか出来るはずもなく、
ちょこちょことやってきた婚活も全て空振りに終わって、五
十にリーチでまだ独り。
でも、そっちにもなんとなく踏ん切りが付いた。
しゃあない。これも私に課せられた運命なんだろうと。

私を振り回した演劇にはもう未練はなかったが、だからと言っ
てすごく嫌うということもなかった。
今回エクストラに応募したのは、昔取った杵柄ってわけじゃ
なくて、たまたまその気になっただけだ。
くじに外れてりゃ、まあしゃあないで終わっただろう。
それ以外の何の感慨を残すことなく、ね。

そして、あの時の私。
あれは演技じゃない。素の私なんだ。私は演じてない。
そこが、見た人にはすごく自然に感じられたんだろう。

肩に力が入りまくっていたあの頃には、私から逃げ回ってい
たスポットライト。
それが、肩の力が抜けて袖に引いた今になって、突然ぽんと
私を照らした。

眩しくて、たまんないよ。



ko2
(イノデ)



「ねえねえ、黒さん」

ぼんやり考え込んでた私の肩を、蘭ちゃんがつついた。

「なに?」

「ほんとに……やらないんですか?」

「役者かい?」

「うん」

「やらない。私はそんな器じゃないよ」

「ふうん……」

「あのドラマのヒロイン役の子」

「あ、顔はかわいいけど、演技は大根」

「ははは。厳しいね。確かに、巷での評判はよくない」

「でしょー。あれじゃ」

「でもね、撮影の間はずっと台本と格闘して、必死に演技や
セリフ回しを考えてた。誰から何を言われようと、プロはプ
ロだよ。心構えが違う」

「ふうん……」

「チャンスと熱。どっちが欠けても成功しない。私には、熱
はあっても活かせるチャンスがなかったんだ」

「若い頃?」

「そう。そして今、チャンスは来たけど熱はない。自分を燃
やして演技する気力はもう残ってないよ。だからこそ、自然
体の演技に見えるんだ」

「じゃあ」

「私は演じてなんかいないからね。演じることを求められて
も困っちゃう。そういうのは引き受けられないよ」

「めんどくさー」

「わははははっ! まあいいじゃないか。それよか、小野寺
さんとこのアポは取れてるの?」

「あ、ご、ごめんなさい。まだ電話してなかったー」

「ごるああああっ!!」

「ひいいい」

ばたばたと自分の机に走っていった蘭ちゃんの背中を見なが
ら、ふと思った。

「今度こそ、欲しい時にちゃんとスポットライトが当たるか
な」





The Downtown Lights by The Blue Nile