《ショートショート 0730》


『火花』


硬いもの同士ががつんとぶつかんないと、火花なんか散らな
いよね。
石を豆腐にぶつけたって、豆腐がぐちゃっと潰れるだけ。
火花なんか散るわけない。

でもぶつかった相手が硬いか柔らかいかは、ぶつかってみる
まで分かんない。
片っ端からぶつかって見るのはバカみたいだけど、火花が欲
しいならそうするしかないじゃん。

相手が思ってた以上に硬くて、それで僕の方が割れてしまう
かもしれなくても。
それでも、ぶつかって見るしかないじゃん!

僕は俯いて、そんな風にぶつぶつ文句を言っていた。

「またか」

呆れ顔の加藤先生が、正座させられてる僕を見下ろす。

「塚田ぁ。おまえ、いい加減身の程を知れよ」

「いやです!」

「ったく……」


           -=*=-


見るからに訳ありの転校生が来てから、うちのクラスは激し
く動揺し続けた。

志波(しば)達彦。
髪型や服装にうるさいうちの高校で、金色のロン毛に鼻ピ、
ずったらダボパンという見るからなヤンキースタイルで登場
してみんなの度肝を抜いた。
そして、その日のうちに服装や態度を注意した先生を殴って
停学になった。

すでにイエローが一枚出ているから、次のイエローで累積出
場停止……いや無期停学か退学。
にも関わらず、停学明けで出てきた志波には全然反省の色が
なかった。

不思議だったのは、なんでうちの高校が見るからに訳あり難
ありの志波の転校を受け入れたのか、なんだよね。

親がうんとこさ寄付金でも積んだ?
いや、うちって県立高校だもんなあ。そんなのありえないで
しょ。
親がすっごい権力者で、転校を無理やり飲ませたとか?
うーん……そういう感じでもないんだよなあ。

それはともかく。
同じクラスにされちゃった僕らにとって、志波は疫病神以外
の何ものでもなかったんだ。



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(カレエダタケ)



もし僕に何も悩みがなくて、毎日を楽しく過ごしていたら。
僕も他の子と同じで、志波を徹底的に敬遠しただろう。

いつも仏頂面のふてくされた態度で、すぐにキレる。
俺に偉そうに指図するなって、拳が吹っ飛んでくる。
おっかなくて、声を掛けることも近寄ることすら出来ない。

でも僕はそんな志波を怖がる以前に、自分自身のことで行き
詰まっていたんだ。

小さい頃から好きで、ずっと続けていたピアノ。
その上達が、高校に入ってからぴたっと止まってしまった。
何時間練習しても、うまく弾けない。
自分のイメージした通りに弾けないっていう高尚なレベルじゃ
なくて、イージーミスが続出するようになっちゃった。

そりゃ、プロのピアニストを目指すとかじゃなかったけどさ。
これまで熱心に僕を指導してくれてたピアノ教室の河野先生
が、急に僕を見切って距離を取り始めたんだ。
それは……本当に辛かった。

僕は、抱え込んだもやもやをどうにも出来なかった。
なんのためにこれまでいっぱい練習してきたんだろう、自分
を追い込んできたんだろうって……。

志波が何を面白くないと感じているのか知らないけど、面白
くないのは僕も同じだった。
うっぷんが爆発寸前まで溜まってたって言ってもいい。
そのストレスを、楽器店の展示品のエレピを弾き倒すことで
辛うじて解消していた。

そして、その店で……志波に出くわしたんだよ。

「!!」

僕は……あんなに鬼気迫る演奏を聞いたことがなかった。
見かけはどこからどう見てもヤンキーなのに、鍵盤の前に
座った志波の指から生み出されていたのは紛れもなく神の音
だった。

エレピの音はぎりぎりまで絞り込まれていたから、それがど
んなに凄まじい演奏だったかは、全身の神経を張り詰めて聞
いていた僕にしか分からなかったと思う。

それはまさしく火花だった。
指先からエレピに叩き込まれる激情が、鍵盤の上でパチパチ
と青い火花を散らし続ける。
注いでも注いでも、減ることも涸れることのない膨大なエネ
ルギー。

僕は、演奏レベルの差じゃなくて、エネルギーの差に叩きの
めされたと言ってもよかった。

悔しかった。号泣したいほど悔しかった。
努力しても努力しても、僕にはああいうエネルギーが作り出
せない。

僕に足らないのは努力でも才能でもなく、自分をこれでもか
と駆動するエネルギーなんだということ。
それをどこまでも思い知らされて、僕は一つ決意を固めた。

ピアノをすっぱり諦めよう。
でも最後に、あいつと真剣にがちんこがやりたい、と。


           -=*=-


学園祭で連弾をやりたい。
僕の申し込みは、志波に全力で拒絶された。もちろん拳付き
で。

だけど、僕は絶対に諦めたくなかった。
殴られても、蹴られても、罵られても、毎日毎日志波を口説
き続けた。

あいつが荒れるのを嫌がったクラスメートや先生が、何度も
止せと忠告してくれたけど、それは僕にとっては忠告じゃな
くて嫌がらせだ。僕は忠告を無視した。

ステージの使用申し込み期限ぎりぎりに、僕はとうとう志波
を口説き落した。

「ほんとにしつけーやつだな!」

「それしか取り柄がないからね」

「なにやろーってんだ!」

「ケンカが出来ればなんでもいい。曲決めてくれ」

「ケンカだあ!?」

「僕はそれを最後にする。僕より強いやつとがちんこして、
それで負ければすっきりする。でも、顔見ただけでぶるって
逃げるのは、絶対に嫌なんだよっ!」

「……わあた」

翌日、志波が膨大な量の楽譜を持ってきた。
その中から僕と志波が選んだのは、みんながよーく知ってる
エルガーの威風堂々。
吹奏楽用のスコアを、ピアノ二台で前衛風に木っ端微塵にな
るまでアレンジしてぶちかます。
志波の編曲は、恐ろしく高度な演奏技術を要求する代物だっ
た。

でも、僕には分かっていた。
あいつは僕を挑発してるんだ。おまえなんかに弾きこなせる
わきゃあねえだろって。やる前から負けてたまるかっ!

学園祭までの二か月間。僕は学校に行ってる以外の時間を全
部ぶち込んで、練習に没頭した。
志波には、リハはやらんと突き放されていた。

一発勝負のがちんこ。上等だっ!



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(メトロシデロス)



そして、タイマンの当日となった。

学校きっての問題児が、何をとち狂ってピアノだあ?
みんなは半信半疑だったと思う。

連弾って言っても、グラピを二台なんか並べられない。
軽音のでかいエレピを二台借りて向かい合わせに置き、それ
が僕たちのバトルフィールドになった。

驚いたことに、志波は髪を短く切って黒く染め直し、燕尾服
を着て装身具を全て外していた。
それは、一見やつがまともになったように見えるだろう。

違う!
あいつにとっては、それが戦闘服なんだよ!

僕も志波と同じ様に黒いスーツに袖を通し、頭に白い鉢巻を
巻いた。

出番が来てステージに上がった僕らは、客席には挨拶しない
でぎりぎりまで互いの顔を近づけ、メンチを切った。

「吠え面かくなよ!」

「こっちのセリフだっ!」

ばばばっ!
視線の間にちりちりと焦げるような火花が散った。
僕らがエレピの前で構えると、館内がしんと静まり返った。

そして、僕たちのタイマンが……始まった。


           -=*=-


楽器店での蚊の鳴くような音量じゃない。
爆音だ。いや、絶対的な音量は常識の範囲内だと思う。
非常識なのは、あいつが指先から迸らせたとんでもないエネ
ルギーだった。

志波の演奏に合わせるとか付いていくとか、そういう劣意を
覚えた瞬間に叩きのめされて終わる。
僕は極限まで集中し、指先の一点から絞り出しうる限り全て
のエネルギーを放出し続けた。

ああ! 出来るじゃないか! 僕の指からも火花が散らせる!
あいつが飛ばした拳に僕の拳をぶつけて、それでちゃんと火
花が散らせる!

恐怖よりもその快感に駆動されるみたいに、十分ちょっとの
戦闘は瞬く間に終わった。
僕らが鍵盤の上に力任せに叩きつけた拳、それが巨大な不協
和音を残して曲が終わった時。鍵盤の上は血塗れだった。

でも演奏を終えた志波の顔には満足感はなく、苛立ちだけが
あいつを支配していた。

「ちっ!!」

館内に響き渡るようなでかい舌打ちの音を残した志波は、
さっとステージを降りて、どこかに走り去ってしまった。
一人取り残された僕は、最後まで戦い続け、自分を吐き出し
続け、残らず空っぽに出来た余韻に浸った。
それから、ゆっくり袖に引いた。

拍手も何もなく。
ただひたすら静まり返っている館内の様子を横目に見ながら。


           -=*=-


あいつは、僕とのがちんこで勝利出来なかったことに苛立っ
たんじゃない。
がちんこで勝っても負けても、それで自分はもっと向上す
るっていう手応えがなくてつまらなかったんだろう。
あのがちんこは、僕には満点だったけど、志波には物足りな
かったんだ。

僕の推測を裏付けるかのように、学園祭のあと志波は高校を
止めた。渡米して、向こうの音楽学校に通うことにしたと聞
いた。
ここいらじゃ、俺とタイマン張れるごついやつが誰もいねえ。
そう思ったんだろうなあ。

そして。

学園祭を最後にすっぱりピアノを止めた僕は、ごく普通に高
校、大学を出て就職し、結婚して子供が出来て。
今では、平凡なマイホームパパになった。

音楽を完全に止めちゃったわけじゃなく、オーボエを始めて、
素人アンサンブルの定期演奏会なんかにちょこちょこ出てる。

志波は、ソロ演奏しかやらない異色かつ鬼才の若手ピアニス
トとして名を上げた。
でも、あいつは誰かとつるむのが嫌いなんじゃないと思う。
火花を散らせる相手、自分よりも強くて硬い相手を、今も飢
え渇いた魂を抱えながら追い求めているんだろう。

僕には、志波のような生き方は出来ない。
でも、鍵盤の上で火花を散らし続ける志波の演奏をDVDで
見ながら。
僕の指でも、それがほんの一瞬だけでも、鮮やかな火花を散
らすことが出来たこと。その至福を。

今でも鮮明に思い出すんだ。



注:
 又吉さんの『火花』とは、全く関係がありません。
 念のため。(^^;;






威風堂々 by 平原綾香

 ボカロの方は、さすがにやゔぁいので。(^^;;