《ショートショート 0727》


『偽薬』


「先輩、僕はどうしたらいいんでしょう?」

「どうしたらって言われても……なあ」

薬学部の二年後輩の多田から相談があると持ちかけられた時
には、まあたロクでもない女に引っかかったんだろうと思っ
ていたんだが、まさにその通りだった。

ほんとに懲りないやつだよ。
何度騙されて身ぐるみ剥がされりゃ気が済むんだか。

いや、こいつが大金持ちのぼんぼんで、カネを使い切れずに
諭吉さんでケツを拭くような生活してるっていうなら分かる
けどよ。
今時珍しい、絵に描いたようなど貧乏の苦学生じゃん。
これ以上剥かれたら、もう身もなくなるぞ? をい。

女にのぼせ上がってせっせと貢いだものの、多田の資金があっ
さりと尽きたんだろう。
金の切れ目が縁の切れ目で、女にすぐサヨナラを言われたと
見た。
まあ、いつものことだ。

「あのな、多田」

「はい」

「自分の身の丈にあった女ぁ探せよ。どうして、そんな金食
い虫ばっかに寄ってくんだ?」

「……」

まあ、蓼食う虫も好き好きだけどさ。
残念ながら、俺は金銭絡みの厄介ごとはケア出来ない。

「あの……」

「うん?」

「惚れ薬ってのは……ないんですかね?」

そう来たか。

「魔女にでも頼んで作ってもらえ。もっとも、おまえが付
き合ってきた女は一人残らず魔女みたいなもんだけどな」

俺は多田の額にぽんと指を突き付けた。

「それも、ものすごく悪質な魔女だ」

「……」

「まじめな話をすりゃあ、惚れ薬なんてもなあ世の中に存在
しないよ」

「そうなんですか?」

「俺らはゴキブリみたいな昆虫じゃない。フェロモン出して
異性を呼び集める能力はないんだよ」

「……はい」

「だからこそ、その代償措置として、男も女も自分を魅力的
に見せようとするディスプレイに励むんだからさ」

「……」

「人としての魅力が乏しければ、足元を見られるに決まって
るじゃん」

「僕は……そんなにダメなんですかね」

「おまえは、相手の要求にすぐ合わせようとするだろ。リク
エストに全部応えりゃ相手がなびく? アホか。ATMじゃ
あるまいし。もっと、しっかりしろや」

「……はい」



pr2
(オツネンタケ)



やれやれ。

「あのな」

「はい」

「おまえ、偽薬、プラシーボってのを習っただろ」

「あ、はい。効果はないけど無害なもの。粉糖とかでんぷん
とか、それを効く薬だって飲ませるってやつですね?」

「そう。薬ってのは、気の持ちようで改善する自律回復を上
回る実効がないと意味がない。もし本当に効く惚れ薬があっ
たところで、その効果がおまえの期待値以下だったら、それ
は偽薬と変わんないんだよ」

「……はい」

それにしても、多田にはあまりに学習能力がなさ過ぎる。
ここまで徹底的に女に食い物にされるってのは、多田がそい
つらに惚れ薬を飲まされてるんじゃないかと思えてきた。

ふむ……。

「まあ、誰にでも出来る簡単な恋愛成就のおまじないがある。
惚れ薬飲ませるよりはずっと簡単に試せるから、やってみ」

「へっ!? そ、そんなのがあるんですか?」

「バカみたいに簡単だよ。女と飲む時に、同じ飲み物を頼ん
で、途中でこっそりおまえと意中の女のグラスを取り替える。
それだけさ」

「あ……確かに簡単ですね」

「おまじないだから、効くかどうかは運次第だがな」

「単なるプラシーボかあ……」

「それでも、試さないよりはマシだろ?」

「確かに。そうですね」



pr1
(ミズゴケノハナ?)



それから十日もしないうちに、うだつの上がらない貧乏学生
の多田に、どえらいべっぴんの彼女が出来たっていう噂が流
れてきた。なんでも、彼女が多田にベタ惚れだそうな。

「……」

だが俺は、ずばり予想通りになったことに強い不安を覚えた。
予想が外れてくれりゃ良かったのに……。

同じようなタイプの女どもに食いものにされて来たってこと
は、そいつら何人かでグルになっているんだろう。
多田は、まんまとカモにされたってことだ。

ふられてがっくり来てる多田に近づいて、慰めるふりをして
一服盛りゃあいちころだ。
貢がせるだけ貢がせて放り出し、次の女にバトンタッチする。
その繰り返し。

だとすれば、グラスを取り替えて相手の女に薬を飲ませれば、
パターンが逆になるだろうと踏んだんだ。
そして、実際にそうなったんだろう。

問題は、薬の効き目が切れた後だ。
まじないなり薬なりの効果がある間に、性悪女のグループか
ら恋人が離脱してくれればいいが、そんなわけはない。
女が正気に戻れば、結果はこれまでと何も変わらないんだ。

多田が、またかと悟ってくれればいいさ。
だが今度こそうまく行くと思い込んでいれば、反動のダメー
ジがでか過ぎる。

効くと思っていた妙薬が効かなければ、あいつの病を癒せる
薬は一つもなくなって、全てが偽薬に……なってしまう。
もし本当に効く薬があっても、それすら偽薬になってしまう
んだ。

心を苛み続ける痛みを断つために、薬に頼れないあいつがど
うするか……。

「命のやり取りに……ならなきゃいいけどな」




 南穂さんからお題を頂戴しました。
 いかがでしたでしょうか? (^m^)




The Bitter End by Placebo