《ショートショート 0721》


『自白剤』 (白いおはなし 5)


「ねえねえ、ミヤノー」

「なあにい?」

「ミヤノさあ、ジハクザイってどこで買えるか知らない?」

どてっ!
こ、こひつわ。

「あんたねえ。そんなヤバそうなもん、あたしたちが中坊で
なくたって売ってくんないよ!」

「そっかあ……」

「ったりまえでしょ!」

みっきもなあ、口さえ開かなかったらアイドルなのにさあ、
口悪いどこじゃなくして、コワレてるしぃ。
変なことばっか考えつくし、言い出すし。

「てか、あんたそれ誰に使おうっての?」

「……」

んんー?
いつもは、すぐにぺらぺらノンストップでしゃべり倒すくせ
して、黙ってやんの。なんだあ?
ジハクザイじゃなくして、ダンマリザイでも飲まされたかあ?

「いいけどさ。いつものもーそーなんだろうし。変な動画ばっ
か見てんじゃねーよ」

「うーい」

ノリが悪い。
なんか変だなあ……。


           -=*=-


あたしの感じたなんだか変は、その後もずっと続いてた。
ジハクザイとかあほなこと言った時から、みっきはあたしだ
けでなくてクラスの他の子からも遠ざかっちゃってる。
誰とも話をしようとしない。

みっきもあたしと同じで部活やってないから、帰りはいつも
一緒。いつもはくだらないじょーだんこきながら、二人で帰っ
てる。
それなのに、あたしを置いてさっさと先に帰るようになった。

誰かを追っかけてる?
でもぉ、みっきはちょーめんくいのオジサンふぇちで、中坊
どころか高校生だってガキだから論外って子なんだよねー。
ガキの自分をたなに上げてよーゆーわと思うけど、みっきが
追っかけって線はないよなー。

じゃあ、あいつ、早く帰って何やってるん?

で。
きょーみ半分心配半分で、こっそりみっきの後をつけること
にした。
えへ。ちょっと探偵の気分。

でも、みっきの行動は変を通り越して、もうヤバかった。

普通さあ、自分のしてることが周りから変だと思われてたら、
一応気にするじゃん。視線確かめるっていうかさあ。
だけど、みっきは何も見ないで、どっかにまっしぐらに歩い
てく。何かに吸い寄せられてるみたいで、ちょーキモい。

みっきは登下校ルートをそれて国道沿いに出て、バス停近く
のシャッター降りてるふるーいお店の前に立った。
もうずーっと前に閉まっちゃったままみたいな、ぼろぼろの
建物。パン屋さんかなんかだったのかなあ。
通りに面してガラス窓があるけど、内側から木が打ち付けら
れてて、中は見えない。

その木のすき間から中をのぞきこむようにしてたみっきが、
ふいっと店の裏側に行った。

「あいつ!」

空き家って言っても、勝手に入るのはまずいよー!
止めようと思って、あわてて後を追っかけたんだけど。
開けっ放しの裏口から見えてきたのは、とんでもないシーン
だった。

ほこりが積もった暗い部屋の中に、あたしたちと同じくらい
の年の男の子が一人。ひざを抱えてうずくまってた。
その前に腰に両手を当てたみっきが仁王立ちして、顔を真っ
赤にして怒ってる。

「ちょっとっ! いつまでだんまりなのっ! いいかげん白
状しなさいよっ!」

白状って、みっき。あんたはデカかよ。コナンの見過ぎ。

てかさ。その前に、目の前にいるそいつがおかしいと思わな
いわけ?
そいつ、おもいっくそ透けてるじゃん! ゆーれーじゃん!

あたしが一人だったら、ぜったい腰抜けてたと思う。
でも、そんなこと言ってるばやいじゃない。

「みっきーっ!!」

あたしは、思いっ切りでかい声を張り上げた。
そしたら、やっとみっきがあたしに気付いた。

「あれ? ミヤノー」

「あれ、じゃねえよ! あんた、誰と話してんの!」

「え? こいつ」

みっきが指さしたところには、もう誰もいない。
ぽかんと口を開けて、きょろきょろ部屋を見回すみっき。

「くそ。逃げやがったか」

「ちゃう! ちがうって!」

みっきの腕を引っ張って、むりやり部屋から外に引きずり出
した。

「あんた、ゆーれー相手に説教してどーすんだよ!」

「へ?」

自覚なしかよ。
あたしは、そのままみっきを引きずって帰った。



w17
(サルスベリ)



あたしの部屋にみっきを引っ張り込んで、がっつり尋問する。

「どういうことっ!?」

さっきは、ゆーれーの前でものっそいばってたみっきだけど、
あたしの前では歯切れが悪かった。
みっきがぼそぼそ白状したのをつなぎ合わせるとー……。

みっきお気に入りの歌い手さんの歌ってみた動画。
それが、アニメでなくして実写だった。
そして、みっきはその動画に出てきた家に見覚えがあった。

やりい!
こーふんしたみっきは、それがどこかを突き止めてのぞきに
行ったとさ。ったく。このバカヤロが!

で、さっきゲンバでやってたみたいに窓の板の隙間から中を
のぞいたら、むっつりうつむいて座ってる男の子がいた、と。

みっきは、その子も歌い手さんのファンなんだだと思って声
をかけてみたけど、返事しないでずーっとだんまり。しかと。
アタマに来て、毎日どやしに行ってたってわけ。

気づけよ! もっと早くにヤバいって気づけよー!

あきれてなんも言えん……。


           -=*=-


でもさあ。
相手が生身のヒトじゃなければ、かえって気になっちゃうこ
とがある。

その子、どうしてそこにずっといるの?
何か言いたいの? 伝えたいの?
みっきのツッコミは変だったけど、そうしたくなる気持ちは
あたしにも分かった。

だから、怖かったけど二人でもう一度あの廃屋に行って見る
ことにしたの。
効くかどうか分かんないけど、家内安全のお守り持って。
へこへこと。

「いる……」

あたしより先に、窓の板のすき間から部屋の中をのぞいたみっ
きがぼそっと言った。

「行く?」

「うん!」

一人だと怖くても、二人ならなんとか。
みっきが慣れた手つきで裏口のドアを開け、二人でおっかな
びっくりがらんどうの部屋に入った。

前見たのと同じ。
部屋の真ん中で、男の子がひざを抱えてうつむいてる。
ふるえる声で話しかけてみた。

「ねえ……あんた、どうしてずっとここにいるん?」

みっきの話だと、これまでどんなに話しかけてもその子は無
反応だったらしい。
でも、みっきだけでなくあたしもいることに男の子が気付い
たみたいで、ゆっくり顔を上げてあたしたちを見た。

それから……。

男の子は、必死にあたしたちに何かを伝えようとして。
口をぱくぱく動かした。

「え? 聞こえない。分かんないよ!」

あたしが聞き返そうとしたら。

……消えちゃった。



w16



すっきりしない。

みっきがジハクザイ使いたいって言ったのがよーく分かる。
だってその子との意思そつーができない。
さっきはこれまでと違って会話しようとしたけど、話ができ
ないんじゃ結局同じじゃんか。

あきらめきれないあたしたちは、さっき男の子が座ってたあ
たりを未練たらしく見回してた。
そしたら……暗さに慣れた目に何かが飛び込んできた。

かさっ……。

拾い上げたそれは、小さなメッセージカード。
部屋ン中じゃよく見えないから、外で読んでみることにする。

「ちぇ。なんも書いてないじゃん」

みっきが、カードの表裏を何度も確かめてがっかり声を出し
た。

いや……それは……きっと違うと思う。

「ねえ、みっき」

「うん?」

「それね」

「うん」

「きっと……書いてないんじゃない。書けなかったんだよ」

「……」

「ジハクザイが欲しいって思ってたのは、その子の方だった
かもね」

「どして?」

「自分で飲むために」





A Remark You Made by Jerry Douglas

 ウエザー・リポートの名曲ですね。
 お前のしるし。邦題も秀逸だと思います。