$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々1  第四話 転機


(11)


所に戻って。堅苦しい礼服をいつものジャンクな平服に着替
えた俺は、所長室のドアを叩いた。

「所長?」

「ああ、中村くんか。どうぞ」

「失礼します」

所長室に入ってすぐ。
俺は手にしていた書状を所長に渡した。

「うん?」

 『退職願』

所長の顔色が変わって、椅子を蹴るように立ち上がった。

「ど、どういうことだっ!」

「そこに書いてある通りです」

「……」

真っ青になった所長が、どすんと椅子に崩れ落ちた。

「もうずいぶん前から。そう、ブンさんのあの件がある前か
ら、こうしようと思ってたんですけどね……」

「なぜ……だ?」

「ここのシステムが、俺に合わないからです」

「……」

「誤解しないでくださいね。俺は好き嫌いで言ってるんじゃ
ない。ブンさんに三年間どやされ続けてきたことを俺なりに
反芻して、自分で出した結論なんです」

「何が……不満だ?」

「不満なんかないです」

「じゃあ、どうしてっ!」

「さっき言ったじゃないですか。ここ……いや、ここだけじゃ
ない。調査会社っていうシステムが、俺には合わないからな
んです」

所長は、まだ頭が混乱していたんだろう。
何か言いかけては止めるのを何度か繰り返した。

「辞めて……どうするんだ?」

「一人で探偵をやります」

「えええっ!?」

俺の返事は、とんでもなく予想外だったんだろう。
目をひん剥いた所長が、俺の顔を穴が空くほど凝視した。

「俺はここにいると、駒になります。それが会社っていうや
り方ですから」

「ああ」

「駒は決められた動きしか出来ません。それをお互いに補う
ためにいろんな役割の社員がいる。そうですよね?」

「そうだな」

「それは楽が出来る反面、制約になるんですよ。俺にとって
は致命的な」

所長が、俺の意図にはっきり気付いたらしい。

「そうか。あの安田さんの依頼の時……」

「そう。俺はね、あの時全部ぶん投げて辞めるつもりだった
んです。もういいやってね。だから最後くらいは好きにさせ
てくれって」

「……」

「でも、最後くらい、じゃない。ずっとそうやりたいんです」

「ううむ……」

「個人でやろうが社でやろうが、法規は守らなければならな
いですけど、社則は別です。それはあくまでも社内の自主ルー
ル。必ずしも縛られる必要はない」

「でも、だからってみんなが俺の好きにやらせろって言い出
すと、示しが付かない。社のコントロールが出来なくなる」

「それで……か」

「はい。一人なら、全ての責任を一人で負わなきゃならない
代わりに、制約もリスクも自分でコントロール出来る。調査
を自由にカスタマイズ出来るんです」

「それは……分かったが、一人で出来るのか?」

「さあ。やってみないと分かりません」

俺は所長に右手を差し出した。

「ブンさんの後釜が来て、調査員のトレーニングシステムが
組み上がって、新しいシステムが動き出すまで。そこまでは
お付き合いします。明日すぐに辞めるっていう話じゃありま
せん」

「……」

「ですが、近々俺がいなくなるっていう前提で、システムを
組んでください」

大きな溜息を漏らした所長は、ゆっくり立ち上がると、俺が
差し出した手をがっちり握り返した。

「仕方ないな」

「所長」

「うん?」

「沖竹エージェンシーが、巡航運転になるまで何でも引き受
けてきたように」

「ああ」

「俺も自分の探偵稼業が軌道に乗るまでは、糞にでも食らい
付きます。ここで手に負えなかった案件は、俺に相談してく
ださい」

にっ。
所長が、意味ありげに笑った。

「分かった。心得ておく」

「お願いします」




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Across The Universe by Rufus Wainwright