$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々1  第四話 転機


(6)


「よく、凶悪事件の容疑者に懸賞金をかけて情報提供を求め
ているが、あんなに正々堂々ではなくても、タレコミ屋から
有償で情報を入手することはよくあるんだよ」

「それって……ヤバくないんですか?」

「褒められたことじゃないと思うよ。でも、タレコミ屋をやっ
てるのはマエがある連中ばかりさ」

「あっ!」

所長がなぜ突然タレコミ屋の話をしだしたのか。
それが……おぼろげに見えてきた。

「前科があれば、そいつの社会的信用は極端なマイナスにな
る。出所してもそもそも職が得られない。だから再犯率が高
くなってしまう」

「ブンさんが、それをぼやいてましたね……」

「タレコミ屋はコウモリだ。裏、表。そのどちらにも属せな
い。どこにも帰属出来ない以上、持っている情報の質と、裏
表両方にいい顔を見せるバランス感覚が、タレコミ屋として
生き延びる鍵になる」

「そうっすね」

「適性のあるやつはプロになるし、そうでなければ真っ当な
職に就くか、犯罪者に戻る。セレクションがかかるのは、う
ちの職種と同じだよ」

「……」

所長は、じっとノートを見下ろしながら話を続けた。

「警察関係者以外は原則出入り禁止の薮田。そこに入り込め
るタレコミ屋はうんと限られている。口が堅く、情報が正確
で、警察関係者との付き合いが長いベテランだけだ」

「ええ」

「でも、中には中村くんの時のように、偶発的に入り込んで
しまうやつがいるんだよ」

!!!

「じゃあ……そいつが!?」

「そうだ」

所長の顔が、まるで宇宙人のようにぐにゃりと歪んだ。

「とんだ……偶然の重なり合いが。起こったのさ」

「何があったんすか?」

「強盗事件で検挙され、有罪判決を受けて服役していた女囚
が出所し、タレコミ屋の見習いをやることになった」

「……」

「身元を引き受けたベテランのタレコミ屋が、そいつを連れ
て薮田に挨拶に来たんだよ。それが、偶然その一」

「あっ! 俺のパターンと……」

「よく似ている。だが、信用度が全く違う」

顔を上げた所長が、ひょいと俺を指差す。

「刑事の時も調査員時代も鬼で鳴らした村田さんが、君の素
養を認めて薮田のご主人を説得し、入店を許可させた。だか
ら薮田での君の信用度は、最初から村田さん並みなんだよ」

「だが、その女には信用が全くない。だから警察関係者はみ
んな警戒して、面通しが終わったところで全員そそくさと帰っ
てしまった。店に残ったのは、タレコミ屋二人と民間人のブ
ンさんだけになった。偶然その二」

「ブンさんは、そいつらから情報を仕入れたんすか?」

「ありえない」

「どうしてすか?」

「タレコミ屋からガセを掴まされた時に、そいつらを罰する
手段がないからさ。警察なら資金の提供を打ち切ったり、検
挙したりと懲罰を科すことが出来るが、それは民間の村田さ
んには無理だ」

「あ、そうか。確かにそうすね」

「それに徹底的に足で稼ぐ村田さんは、安易にタレコミ屋を
使うことに嫌悪感を持っていたからね」

「じゃあ、ブンさんもさっさと帰ったんじゃないすか?」

「そう。帰る『つもり』だった」

「……。え?」

「でも、物理的に、帰るのが困難になってたんだよ」

「どうして……すか?」

「女に一服盛られたのさ」

がたっ!
思わず所長に飛びかかりそうになって、慌てて自制した。

「な、なんでっ!」

所長は拳でノートをがんと叩いて、俺に鋭い視線を飛ばした。

「ここで。あっちゃいけない偶然が三つも四つも重なったん
だ」

「……」

「まず、村田さんが薮田のご主人に退職のことを話していた
のを、女が聞きつけた。女は、村田さんが退職金をたんまり
持っていると思い込んだ。偶然その三」

「女を連れて店を出るはずだったタレコミ屋の元締めに電話
が入って、そいつは女より少し先に店を出たんだ。偶然その
四」

「ブンさんは女を無視して何も話をしなかったが、そっぽを
向いている間にビールのコップに即効性の睡眠導入剤を盛ら
れた。それに気付かなかった」

「と、いうことは……」

「その女の前科。強盗っていうのは、昏睡強盗だったってこ
とだよ」

「……」

「真人間になるつもりなんかこれっぽっちもない性悪女が、
強盗の武器を持ったまま薮田に潜り込んでしまったんだ。偶
然その五」

みきみきみきっ!
所長が渾身の力で握り締めた拳から、骨が軋む音が聞こえた。

「もし村田さんが薬の影響でその場で寝てしまえば、財布か
ら小金を抜かれるくらいの微害で済んだ。こんなことにはな
らなかった。偶然その六」

「えっ! じゃあ……」

「薬の効きが悪いことにがっかりした女は、村田さんのカネ
をちょろまかすことを諦めて店を出た。でも、村田さんは女
に薬を盛られたことに気付いて激怒したんだ」

「……」

「村田さんは、意識朦朧となりながらも女を捕まえようとし
て店を出たんだ。だが、その瞬間を薮田のご主人が見ていな
かった。ご主人は、村田さんがいつものように帰ったんだと
思い込んでいた。偶然その七」

「……」

「まさか村田さんに追われると思っていなかった女は必死に
逃げた。村田さんは、女を追っているうちに薬が回り、意識
を失ってとうとう倒れた」

「それが……」

「そう、夜はうんと人気が少なくなる片貝大橋のたもとだっ
たんだ。偶然その八」

「……」

「村田さんは女が何をしたのかを知っている。村田さんの意
識が戻れば、女は村田さんに告発されてムショに逆戻り。出
所直後に懲りずに昏睡強盗を働けば、単に再犯ということじゃ
なく、更生の意思なしと見做される。長期の受刑は免れない」

「当たり前だ!」

「それだけじゃないよ。タレコミ屋の元締めの顔を潰すこと
になる。もし刑期を終えて娑婆に出られても、あの女は裏に
さえ潜り込めなくなるんだ」

「あ!」

「それなら村田さんの口を封じればいい。短絡的にそう考え
た女は、村田さんを介抱するふりをして欄干の低いところに
もたれさせ、渾身の力で両足を持ち上げて反対側に……川に
突き落としたんだ」

「単独犯……すか」

「女の力でそんな荒技が出来るわけがないと、江畑さんは共
犯者の線も随分洗ったらしい。でも女は出所したばかりで、
身元引き受け人の元締め以外に連絡を取れる相手がまだ誰も
いない。短時間で共犯者を確保することは出来ないんだよ」

「……」




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