$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々1  第二話 矢


(5)


所長の不機嫌が治らないまま、四日目が過ぎた。

仕事は相変わらず小ネタだけ。
普段とことんこき使われている分だけ、どうしても暇を持て
余す。

でも、俺は異変を感じ取っていた。
今度は所長だけじゃなく、ブンさんまで不機嫌になっていた
んだ。

「ブンさんも……か」

ブンさんの気難しさをよく知っている社員は、とばっちりを
食わないようにと遠巻きにしてる。誰も近寄ろうとしない。
だが、俺はあえて近付いた。

「ブンさん」

「なんだ!」

うわ、マジで機嫌が悪いなあ。

「ちょっと相談があるんすけど、談話室、いいすか?」

むすっとした顔のまま、ブンさんが手にしていた新聞をデス
クに叩き付け、憤然と席を立った。

どん!
ブンさんが談話室の椅子に体を投げ出して、じろっと俺を睨
んだ。

「なんだ?」

「俺の行きつけのスーパーに」

「はあ?」

いきなり仕事に関係ない話が飛び出したことで、ブンさんの
頭に血が上ったんだろう。顔が真っ赤になった。

「奇妙なじいさんがよく来るらしいんです」

「……」

ふざけんじゃねえと大爆発されるのは覚悟してたんだけど、
口をへの字に曲げたブンさんは、ぐんと体を起こすと椅子に
座り直した。

「続けろ」

「はい。そのじいさんは鮮魚のコーナーにしか来ません。そ
して、監視カメラの店員の見張りもあるのに、パックの魚に
針を刺して行くんですよ」

「む!」

さっきまでの、不機嫌そうな表情が一瞬で消えた。

「店は、それぇ知ってんのか?」

「もちろん、被害を把握してて、防犯カメラも設置し、警察
にも相談してるそうです。でも……」

「被害が止まねえってことだな」

「はい。直接本人に止めろと注意したこともあったらしいで
す。でも、俺がやったっていう証拠を見せろって言われたら
しくて」

「ふむ……」

腕を組んで、しばらくじっと考え込んでいたブンさんが、ひょ
いと顔を俺に向けた。

「それは店の依頼か?」

「違います。俺が行きつけにしてる鮮魚コーナーの店員さん
と雑談してて。たまたま俺がその針入りのパックを見つけち
まったんで」

「行きがかり上、か」

「そうっす」

「被害は鮮魚だけか?」

「鮮魚だけです。店員が常在してるのは、そこだけなんすよ」

「なるほど。挑発だな」

「でも、貧乏人の俺が行くようなスーパーっすよ? 小汚い、
激安スーパーです。嫌がらせの意味も挑発の意味も、何もな
いっすよ」

「ああ、そうだ。確かに奇妙だな」

腕組みを解いて、指で机をタップしていたブンさんは、その
指をひょいと俺に向けた。

「店の被害額は?」

「微々たるもんです」

「ふむ。でも、しょっちゅう来るってことだな?」

「間違いなくそうです」

「写真とか、そいつの身元が分かりそうなもんはねえのか?」

その店で、『この人の入店お断り』と入り口に張ろうとして
いたじいさんの手配写真。
それをブンさんに見せた。

それを一目見て、ブンさんの顔色が変わった。

「野郎……」

「ブンさん、知ってるんすか?」

「……」

俺の問い掛けを無視したブンさんは、椅子を蹴るようにして
席を立つと、俺の襟首を捕まえて廊下に引きずり出した。

「操。所長に、俺は中野の件でおまえと一緒に調査に出ると
言ってこい!」

いつもはなんだかんだ言っても、所長に直接スケジュールを
伝えるブンさんが、俺を使った。
それにものすごく違和感を覚えながらも、俺はブンさんに言
われた通りに所長に伝えた。

いつもなら、ぐだぐだスケジュールに文句を付けるはずの所
長が、黙りこくったまま頷きだけで許可を出した。

変だ……どうにも、社内が……変だ。




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