$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々1  第二話 矢


(4)


授業料の一部免除と奨学金を確実に取りに行ける進学先。
それが、無名の私立大学だった。

専門学校には授業料の減免がなく、奨学金を取るのも難しかっ
たから論外。
国公立のいいとこは俺のドタマが無理だし、私立のいいとこ
は金銭的にダメ。
俺のレベルより2ランクくらい落として私立の特待をゲット
し、そこで奨学金を取るのが一番現実的だったんだ。

卒業後の就職時に大学の名前でハクを付けようなんて余裕は
まるでなく、名ばかりの親とどうやってさっさと縁を切るか
が重要だった。
俺の大学選択基準はそれしかなかったんだ。

大学に入ってからは馬車馬のようにバイトして、学費以外は
親からの援助を全く受けずに四年間を乗り切ったが、俺の在
籍した大学は就職には何の役にも立たなかった。

それが……大きな誤算だった。

大学の学生課では、カネを積んでくれるぼんぼんには積極的
に職を斡旋したが、俺のような貧乏人を放置したのだ。
それでなくても無名なのに、大学推薦もないんじゃどの会社
も玄関すら開けてくれない。

こういうことをやりたいという以前に、どこでもいいから採っ
てくれっていうレベルで、俺は靴を何足も履き潰して走り回っ
たが、手応えが全くなかった。

そこに降って湧いたのが、沖竹エージェンシーの調査員の話
だった。

沖竹エージェンシーはメディアへの露出が多く、探偵はカッ
コいい職業というイメージが先に来た。
高い知能や特殊な能力、資格等を必要とせず、根気と集中力
があれば誰にでも出来るという殺し文句も、三下の俺にはず
ぎゅんだった。

だが応募することを前提に詳しく調べてみると、出てくるわ
出てくるわ。
叩けば埃が、なんていう生易しいもんじゃない。
どこもかしこも、見事なまでに真っ黒けっけのけだった。

給料は安いし、上がらない。
顧客にはべらぼうな調査費用を要求するのに、社員の処遇は
最低だ。
決まった勤務時間がないってくらい年中休みなしの激務だし、
それでいてちょっとヘマするとすぐに首を切られる。
調査員は、間違いなく使い捨ての駒だった。

当然求職者の間での評判は最低最悪だったが、それでも沖竹
では俺を採ってくれるって言ったんだ。

給料が安くても社員。バイトじゃないなら、基本給がある分
これまでよりはマシな生活水準になる。
激務って言ったって、俺の大学四年間もずっと激務だったか
ら何も変わらん。
クビになるかどうかは俺の決めることじゃない。それなら、
クビになるまでは普通に働きゃいい。

探偵と調査員の違いもろくたら知らないまま、俺は何も深く
考えずに沖竹の社員となった。
俺と同じように食い詰めて入社した同僚は、まるで所長から
機銃掃射を受けたみたいにばたばたと辞めて……いやクビに
なって行った。

俺が辛うじて生き残ってこれたのは、俺に調査員としての適
性があったってこと、そしてブンさんが居たからだろう。

ブンさんは所長以上に厳しい。おっかない。
所長に使えないって言われる以前に、ブンさんにダメ出しを
されると、それはイコール死刑宣告だ。

それはブンさんが嫌なやつだからではなく、調査員という商
売が極めてデリケートだからだった。
調査員の業務をきちんとこなすには、相当な覚悟とスキルが
必要なんだ。

何せ警察官と違って、調査員には全く捜査権限がない。
一般法規を遵守した範囲内でしか動けない。
だからと言って、ぼけーっとしているだけじゃ真実は嗅ぎ当
てられない。
調査員は、いつも違法と適法の間に渡されたロープの上で綱
渡りを強いられることになる。

行動が法規によって厳しく制約されるなら、それを補うには
感覚を研ぎ澄ますしかない。センスと訓練。その両方が必要
になる。
そして訓練で向上する部分はいいけど、センスや適性ばかり
はどうにもならないことがある。
ブンさんは、そこの判断がものすごく厳しかったんだ。

最初はなんだかなあと思った。
でも、すぐにブンさんの厳しさの理由が分かった。

調査には、必ず調査される相手が居る。
依頼された調査内容は、その相手が知られたくないことばか
りだ。それは、表に出ないように慎重に隠される。
隠されたことを暴こうとすれば、そこに強い軋轢が生じる危
険性がある。

被調査者と調査員の間でトラブルが発生したら、調査は失敗。
それは調査員を雇っている社の責任になるから、社はヘマこ
くような無能なやつには早々に辞めてもらいたい……ってこ
とになる。
そして所長は実際に、ヘマこいたやつを問答無用で辞めさせ
てる。

それは……所長にとってもブンさんにとっても、本当は望ま
しいことじゃない。調査員がしっかりスキルを身に付けて、
社の業務をちゃんとこなせるようになって欲しいんだ。
でも次から次へと入ってくる新入りが、どうしてもその合格
基準を満たせないんだろう。

昔からある大手の興信所なら、知名度があるから安定した依
頼をゲット出来る。でも、新興の沖竹にはそんな余裕はない。
社を早くでかくするためには、クサい山にどんどん手を出さ
ざるを得ない。

条件の厳しい案件ばかりだから調査員には高いスキルが要求
されるのに、そのスキルを鍛える時間的余裕がないんだ。
だからと言って、すでに高いスキルを備えたブンさんのよう
なベテランを呼べば、所長は調査員をこき使えなくなる。

どうしても、新入りをどっさり採って、役立たずをずばずば
切り捨てていくしかない。
ブンさんはたくさん応募してくる調査員候補をスクリーニン
グし、こいつはダメだと思ったら所長より先に肩を叩く。
おめえには向いてねえって。だから厳しい。

ほとんどマンツーマンで鍛えてもらった俺は、ブンさんの一
次審査をクリアした。
で、今まで務められてるってことは、所長の二次審査もクリ
ア出来てるってことなんだろう。

ただ……。

俺に才能があって調査員をこなせるってこと。
俺が調査員としてやりがいを感じてるってこと。
それが、一致してない。

俺には調査員を『こなせる』が、調査員の仕事は『好きじゃ
ない』んだ。

ブンさんや所長の審査をクリアしたそこそこスキルを持った
連中が、長続きせずにどんどん辞めていってしまうこと。
その理由は多分、俺が感じているのと同じだろう。

「ふう……辞めたいよなあ」

仕事がキツいから辞めたいんじゃない。
俺がそこに居なければならない理由。それが……どうしても
思い付かないんだ。




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