$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



 昔々1  第一話 白と黒


(5)


所長は、そういう男の背景を最初から知っていた?

「……」

いや、知っていたらそもそも所長は依頼を受けないだろう。
本当の目的を明かさない依頼者は、俺たちが調査した結果を
どう悪用するか分からないからだ。

もし所長が、俺やブンさんをだまくらかして囮に使おうとし
ているのなら、もっと早くから周到に準備していただろう。
でも、今回のオーダーは所長らしくない。
やっつけ感全開で、どうにもばたばた慌ただしいんだ。

名古屋出張の話もいきなりだったし、ブンさんや俺への説明
もどこか中途半端だった。
前々から男の行動を把握していて、それに合わせて尾行させ
たっていう感じじゃない。男の予想外の行動をどこかで知っ
て、慌ててその裏取りを俺に命じたんじゃないか?

そうなる要因。
ブンさんが言ったことを考え合わせると、背景が見えてくる。
所長の受けた依頼が、実は二重構造だったってことだ。

最初は、金持ちのマダムがダンナの不審な行動を見張らせる
という、どこにでもある浮気調査の依頼だった。
所長は、裏を読まずにそのまま応諾した。

でも、その依頼には実は裏目的がセットになっていた。
俺への突然の名古屋出張命令は……所長がそいつに気付いた
から。

難題解決が売りとは言え、ヤバい依頼、クサい依頼には手を
出さない用心深い所長が、まんまと裏目的の片棒を担がされ
てしまったってことだ。
裏返せば、その依頼主は所長を嵌められるほど組織的でデカ
いってことになる。個人とか社のレベルじゃないな。

そう考えると。
所長は、本当の依頼を俺やブンさんに『隠した』んじゃない。
それを『話せない』んだ。

ダミーではない、本当の依頼主は誰か?

俺よりもずっと猜疑心の強い所長を完全に信用させるために
は、そもそも依頼者に瑕があっちゃだめなんだ。
だから依頼者の背後にデカい組織が居るって言っても、その
影響がすぐに透けて見える暴力団とかではない。

国の公的組織……司法関係だろう。警察?

いや警察のスジだとすれば、いくら俺らで迂回させたとして
も囮捜査だ。
男の検挙後に万一にでも俺らの関与が割れれば、裁判に支障
を来しかねない。
そうじゃないな。じゃあ……。

手にしていた箸を置いて、ふうっと息を抜く。
すかさず、ブンさんのチェックが入った。

「操、分かったか?」

「男を張ってるのは、公安……すか?」

ブンさんが、にっと笑った。

「上出来だ。所長のど阿呆が。依頼人が上玉だったから、裏
を読まんかったんだろう。名探偵気取りできちんとドサ回り
しねえから、そういうドジを踏むのさ。けっ!」

「ブンさんは、裏を取ったんすか?」

「当然だ。俺はなんか変だと思ったら徹底的に裏を取る。そ
れがデカって奴の性なんだよ」

すげえ……。

「どこで……分かったんすか?」

「依頼人の女さ」

「え?」

「あいつぁ、男の女房じゃねえよ」

「えええっ!?」

ばしっ!
頭を張り倒される。

「うー」

「おまえもかっ! 論外だっ!」

「す、すんません……」

「それも所長の大ちょんぼだろうよ。女が持ってきた身分証
明書類に『見かけ上』不備がなかったから、その裏を取らん
かったんだろ。怠け者のぼけ野郎が!」

所長をぼろっくそに罵るブンさん。
俺も同調したいが、所長と同じヘマをやらかした時点でその
資格はない。黙って頷くしかない。

なぜ最後まで男をつけなかったんだっていうブンさんのどや
しは、依頼者がダミーだってことに繋がってたんだ。
俺は、ブンさんと所長と一緒に依頼主に会っている。
俺が最後まで男をつけていれば、家に帰った男を出迎えた奥
さんが依頼主と違うことにすぐ気付いたはず。

く……男だけにしか意識が行ってなかった。大ちょんぼだ。

「でも、公安が動いてんなら、俺らの出る幕なんかないんじゃ
ないすか?」

「あほう! だから言っただろが! 俺らは囮だって!」

「あ……」

「公安の連中は、男の裏にいる臭い奴らにメンが割れてんだ
よ。そいつらにすぐ悟られねえよう加減して男にプレッシャー
かけんなら、そいつらが知らねえ駒を使うしかねえんだ」

「どうしてそんなめんどくさいこと……」

「男の勤務先がそいつの行動を怪しんで監視するってとこま
では、裏の連中には許容範囲なのさ。男の出し入れを工夫す
りゃあいいことだからな。だが、公安が出て来るんじゃ相手
が悪すぎる。公安が動いてるってことが知れた時点で裏の連
中はさっと消えちまうから、公安はそいつらまで辿り着けね
えのさ」

「あっ! そうか……」

「所長は警察、検察関係のOBじゃねえ。そっち系に強いコ
ネがねえから、公安は所長を通じて他に情報が漏れる心配を
しなくていい。計算尽くだ」

「え? ブンさんは? 元警察関係っすよね?」

「あいつら、俺と所長が割れてることまで調べ上げてんだよ。
胸糞悪い!」

そうか……嗅ぎ回るってことで行けば、向こうはプロ中のプ
ロだ。ぞっと……する。

「俺らを使って陽動ってことは、俺がつけた男は公安に泳が
されてるんですか?」

「そう。あいつは営業だ。技術屋じゃねえ。あいつが、社外
秘の資料を持ち出すには、どうしても社内に協力者が必要な
んだよ」

「あっ!」

そうか! 産業スパイか!
それも、国外移転が禁じられている機密技術の。
じゃあ、男を操っている黒幕っていうのは……。

ぞくっ。
背筋に冷や汗が流れた。




baw4





Black & White by The Staves