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*** 第二十五話 戦列復帰 ***


(6)


朝会のあとの社長と各担当者との個別打ち合わせは、これま
で通りだった。
違うのは、同じ場所でみんなに聞こえるようにやるっていう
こと。

担当者と社長とのやり取りを聞いて、メモを取り、質問をす
る。
仕事とノウハウをみんなで共有する必要があるからね。
社の現状や問題点もライブに分かるし、アイデアや意見も出
しやすい。

早速、白田さんから緊急のリクエストがあった。
御影さんの後釜のバイトが欲しいって。

そりゃそうだよね。
今回の移転絡みで事務量がものすごーく増えてるのに、対応
するのは基本白田さん一人だから。

とりま、突っ込みを入れる。

「ねえ、白田さん、御影さんはもう出て来ないんですかあ?」

「あの子も意外に薄情でねえ」

「へー」

「カレシとのデートの予定がいっぱいで、とってもバイトの
余裕なんかないって」

ぐわあ……人間、変われば変わるもんだなあ。

まあ、本当はそれだけじゃないんだろうけどね。
正直、自分が絡んでトラブっちゃった会社でバイトしたくな
いっていう意識が強いと思う。
社長と顔を合わせるのはすっごい気まずいだろうし。

カレシと熱々っていうのも、そういうのが影響してるんちゃ
うかなあ。
まあ、うまくやってくれればそれでいいけど。

とか。
御影さんのことを考えてたら、白田さんからおねだりが。

「ねえねえ、ようちゃんの方で誰か知らない?」

「ううー、知り合いの子がいないこともないんですけど、わ
たしの出た大学には今後一切接触したくないんで」

バイトの子を通してクソハゲにわたしの現況が漏れると、ど
んなちょっかいがぶっ飛んで来るか分かったもんじゃない。
さすがに、完全に縁切りしたい。

「そうよねえ……」

「求人誌で探すとかは?」

「面接やってる時間がもったいないの。性格分かってる知り
合いの方が楽なんだよねえ」

「ううー」

ぬいに振るっていう手もあるけど、あれじゃ全然役に立たん
だろうからなあ……。
クサイし。

ん? 待てよ?
全然別系の知り合いが一人いるじゃん。
打診するのはタダだ。当たってみよ。

わたしはスマホを出して、水沢さんにメールを流してみた。

『バイトの話あり。勤務条件、バイト代等、応相談。バイト
内容は事務補助』


メールで返信が来るかと思ったら、直接電話がかかって来た。

「何野さん、メールありがとうございますー。復職されたん
ですか?」

「そうなのー。元さやー。てへ」

「いや、よかったですよー」

ほっとしたんだろう。水沢さんの口調は明るかった。

「じゃあ、バイトって高野森製菓のですか?」

「そう。御影さんの後釜ね」

「そっかー。えっと、事務補助ってどんなことをするんです
か?」

お! 食い付いたぞ! しめしめ。

水沢さんは、わたしが巻き込まれた今回の奇怪な騒動のこと
を知ってる。
実際何がどうなっていたのか、興味津々なんだろう。

それに、ぶち切れたわたしが復職したってことは、今社内の
ムードがいいっていうこと。
悪い話じゃないって思ってくれたのかも知れない。

わたしが言うよりも、実際の担当者が説明した方が早い。
白田さんにスマホを渡して、直接交渉してもらった。

白田さんの話しぶりを聞く限り、水沢さんはバイトすること
に前向きなようだ。

「ふう……」

話し終わった白田さんからスマホを受け取って、確かめてみ
る。

「白田さん、感触はどうですか?」

「行けそう。ねえ、ようちゃん。よく、ベガ女の子を捕まえ
たね」

「ふふ。白田さん、これは御影さんには内緒にしといてくだ
さいね」

「え?」

「彼女こそ、今回の騒動解決の最大の立役者なんですよ」

「!!!」

「彼女も、谷口教授の課題でクレーム受付用回線に電話して
きたんです。それをどやして、身元を特定して」

「あ、それで」

「そう、彼女からいろいろ情報を仕入れたんですよ」

「うわ……」

「彼女、水沢さんは」

「うん」

「すごーく優秀です。ちゃらけたところはないし、さすがベ
ガ女って子ですね」

「へえー」

「人と状況をよーく見てる。好奇心が強い。しっかり考える
し、判断力もある。経済学部は文系なんでしょうけど、彼女
の本質はリケジョかもしれません」

「才女なのね」

「ですです。でも温和で、控えめ。出しゃばらない」

「……」

「御影さんと同じで、慎重で引っ込み思案なんですよ。彼女
も羊だってことです。そこが惜しいんですけど」

「ふふふ。ようちゃん、そう言ってどやしたんでしょ?」

「ぴんぽーん! だって、もったいないですよ。あれだけ優
秀なのにー」

「そうかあ。感じのよさそうな子ね」

「それは保証します」

「楽しみだわ!」

そのあと社長や黒坂さんも交えて、ちょっとした水沢さんの
品評会になった。
御影さんに気付かなかった社長は、本当に懲りたんだろう。
根ほり葉ほりいろいろ聞かれた。

ちぇ。
そういうのは最初から発揮してよね。
わたしのプライベートにはまるっきり無関心だったくせして
さー。くっそ。

まあ、いいや。
ずかずかと無遠慮にプライベートに踏み込まれるのは困るけ
ど、だからってまるっきり無関心なのはもっと困る。

少なくとも牧場の仲間のことくらい、他の人よりもよく知っ
ておこうよ。

そういう……ことだよね。




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Can't Go Back Now by The Weepies