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*** 第十二話 立て直す ***


(2)


何はともあれ、わたしはクレーム受付用回線にかかってくる
電話の総数を、是が非でも絞り込まないとならない。
そうしないと防戦一方のままで、わたしからの反転攻勢が出
来ない。

今日の五系の攻撃のうち、無言電話と出て行けは、もし再発
しても番号ブロックで対処出来る。
お母さんも、さすがにかける電話を変えてまで、クレーム用
回線に縁談押し込もうとはしないでしょ。
今度かけて来たら、親子の縁を切る!
冗談じゃないわ!

クソハゲ教授も、わたしからのデータ提供が期待出来ないと
分かった時点で、もうアクセスはしてこないだろう。

残るのは、学生による大量の電話攻撃。
今日でピークアウトしてくれるならいいけど、まだ続くよう
ならわたしが発狂しちゃう。

こっちは、わたしの方で先手を打たないとならない。
そのための手がかりが一つだけある。

それは……今日の件を社長に報告してからにしよう。

「そこをどうするか、なんだよなあ……」

今日わたしのところにかかってきた電話のうち、社に直接関
係するのは三つだけ。
無言、出て行け、クレームだ。

お母さんとクソハゲ教授のは、わたし個人への連絡用に流用
されたから、わたし個人の問題で報告義務がない。

でも、お母さんがわたしに持ち込んだ縁談話は、社長が直接
絡む。
なんとか、社長から関連情報をゲットしたいけどなあ……。

でも、それは社長のプライベートなことだ。
わたしからはどうしても踏み込めないよね。
スルーするしかない。

でも、わたしとしては社の回線に特定個人のプライベートな
通話が紛れ込む事態は絶対に回避したいし、それは社長にき
ちんと報告しないとならない。
社長から白田さんに、ずっぷり釘を刺してもらわないと困る。

「あ、録音……」

お母さん、そしてクソハゲ教授との会話。
あれは……全て録音されてるけど、私的会話に社の公用回線
を結果として使ったという事実を残したくないよね。
音声データだけを取り出して、消去するか……。

社長の命令は、『出来れば』全て記録、解析、報告せよ、だ。
それには、『絶対に』という前提条件はない。
わたしの方で、情報の重要度を元に交通整理していいと解釈
できる。

社長に報告するにしても、実際の会話ではなくてダイジェス
トでいいだろう。

今日の総攻撃の中で、一番深刻で対策に急を要するのは学生
たちのクレーム攻撃だ。
これに関しては社長に詳しく状況を説明し、『わたし』が対
応を考えないとならないだろう。

無言電話は情報量が少なすぎるから、単に事実報告のみ。
出て行けは、社長の父親からわたし個人に向けられたもので
あったことを報告し、社長に対応を仰ぐ、と。

いずれにせよ、明日の朝には今日あったことを社長の耳にき
ちんと入れておかないと、わたしが動けない。
出勤してからじゃ社長が捕まらない可能性が高いから、今夜
のうちに社長にアポを取っておこう。

わたしは、スマホから社長に電話を入れた。

出るかな?

「あ、はい。高野森です」

「社長ですか? 夜分すみません。何野です」

「どした? 何かあった?」

「あったどこの話じゃありません。一大事です」

「……。クレーム?」

「はい。今日一日で百本かかってきましたから。もう疲労困
憊です」

「ひゃ……っぽんーっ!?」

いくらおとぼけの社長でも、度肝を抜かれたらしい。

「それって、今日昼に言ってたメリーナかい?」

「ほとんどはそうです。でも、それはおかしいんですよ」

「ああ。現物はもうほとんど市場に残ってないはずだからね」

「間違いなく嫌がらせ目的です。そして、電話してきてるの
がみんな若い女の子なんですよ。一人の例外もなく」

「……」

「彼女らがどこに所属しているのかも、おおよそ判明してま
す」

「ふむ」

「今日の勢いで明日もやられると、わたしが堪えきれません。
明日、社長に今日のことで報告を上げた後、発信者を束ねて
いるところに直接乗り込んで、抗議してきます」

「おいおい、大丈夫かい?」

「大学ですよ」

「はあ!?」

「たぶん、うちがクレーム処理に関する教材代わりに使われ
たってことです」

「な、なんで……」

「社長がそういうことに許可を出したとか、あります?」

「ありえない」

ほっとする。

「ですよね。その他にも報告事項がいろいろあるので、明日
朝は必ずテレルームに来てくださいますか? それと……」

「うん」

「学生たちの所属する学校に出向くので、明日の午前中はわ
たしの私的な休暇ではなく、外勤にすることを許可してくだ
さい」

「了解した」

「……」

言いたいことは山ほどあった。
でも、まだわたしの中では全てのピースがばらばらのままだ。

それを少しだけでも整理し、道筋を付けてからでないと社長
に突っ込みが入れられない。

「明日の報告は、今日の分だけ。まだ判断材料が足りないの
で、事実のみの仮報告です」

「済まんが、頼む」

「とりあえず、今週をしのいでからデータをまとめます。そ
れをもとに、きちんとしたご報告をさせてください」

「分かった。報告のタイミングはようちゃんに任せる」

「もし、それに基づく指示があれば、全体報告の後でお願い
します」

「分かった」

「それじゃ」

「ああ、お休み」

「お休みなさい」

ぷつ。
よし、許可が下りた。

「む……」

まだまだ分からないことがいっぱいある。
その中の最たるものは、御影不動産と社長との関係だ。
でも、それを直に社長から引き出すのは難しいだろう。

社長を問い詰めるためには、もっともっと状況証拠を集めて
おかないとならない。

わたしが外に出ている間も、一分一秒が無駄に出来なくなる。
午前中に出来れば三箇所回りたい。
今日は精神的にハードだったけど、明日は肉体的にハードに
なるだろう。

「さて。お風呂に入るか……」

湯船で溺れないようにしないとな……。
ふう……。





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